家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)は、2022年3月14日、「みどりの食料システム戦略」法制化のための法案「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷軽減活動の促進等に関する法律案」について、村上真平代表名で、金子原二郎農水大臣と、衆参両院の農林水産委員に意見書を送付しました。以下は農水大臣に提出した意見書になります。(末尾に、農水大臣宛ておよび農水委員宛ての意見書をそれぞれPDFファイルで掲載)
みどりの食料システムの法案に対する意見書
私たち「家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)は、国連が2017年に定めた「家族農業の10年―2019~2028」に連携し、持続可能な社会の構築に貢献するための活動をする団体です。昨年の「みどりの食料システム戦略」の策定に当たっての意見公募(パブリックコメント)に意見を出し、9月に開催された「国連食料システムサミット」についても見解を公表しています。このたび、その戦略の法制化として「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律案」が国会に提出されていますが、私たちの意見をぜひとも取り上げて修正いただき、少しでも「みどり戦略」がよい方向に向かうようにお願い申し上げます。
1 「基本理念」(第三条)―小規模の家族農林漁業の役割とそれへの支援をしっかりと位置づけること
(1)「生産性の向上との両立」(第三条2)は環境負荷を増大させる懸念
法律案第三条(基本理念)の「2」には、「環境への負荷の低減と生産性の向上との両立が不可欠」とあるが、一般に「生産性向上」は、労働生産性に偏った「生産性」を意味し、単位当たり収量拡大や効率のために経営の規模拡大、大型機械・装置の導入、化学合成肥料・農薬の使用拡大等を招くことにつながり、環境破壊・環境負荷を引き起こしてきた元凶とも言える。生物多様性の危機をみれば、何よりも「環境への負荷の低減」を優先すべきである。そうした反省なしに、その考え方の延長上に、今度は「先端技術イノベーション」等での「生産性向上」を図ることは、さらなる環境破壊・環境負荷につながる。
①農業には、工業で一般に考えられているような「規模拡大のメリット」はなく、経営規模の拡大は、かえって脆弱であるといわれている。他方、小規模の家族農業は柔軟性をもち、回復力(いわゆるレジリエンス)が強靭である。
②機械・施設等の大型化や、「先端技術イノベーション」で主に想定されているAI、デジタル、自動化などの装置化は、高齢化や担い手不足への対応といわれているが、経費面での負担増になるだけでなく、こうした技術は農業から人を排除するものであり、より一層の過疎化と農村人口の減少を結果的にもたらす。同時に、ライフサイクルアナリシスの観点から必ずしも温暖化ガスの削減につながらない可能性がある。
産業としての農業の「効率性」や労働「生産性」を過度に追求するのではなく、農村地域に所得獲得機会(広義の雇用)を創出できる、伝統知にもとづいた有機農業を普及し、地域社会の持続可能性を高めることが重要である。
なお、既存の労働生産性に偏った「生産性」の考え方を見直し、資源エネルギー生産性(エネルギー収支にもとづく考え方)、品質、生物多様性、景観保全、食文化の伝承、生きがい、幸福度等の多様な指標にもとづいた新しい「生産性」概念(社会的生産性)を確立・普及することも考慮すべきである。
③規模拡大・大型化に伴う基盤整備事業などにより、地域の伝統的で文化的な価値と一体となった地形や「景観」が損なわれる恐れがある。
(2)「小規模の家族農林漁業の果たす役割が重要であること」を明記すべき
「基本理念」の2は、「環境と調和のとれた食料システムの確立に当たっては、小規模の家族農林漁業の果たす役割が重要であることを踏まえ、その能力が十分に発揮できるような技術の研究開発及び活用の推進並びに農林水産物等の円滑な流通の確保が図られなければならない。」と「生産性の向上」の部分を書き換えるべきである。
そして、この法律による事業支援や基盤整備には、企業や大規模団体だけでなく、小規模の農林漁業生産者をはじめ、市民・消費者、兼業農家等、多様な主体が容易に参画できるように、個々の施策の運用面での配慮が行き届くようにすべきである。
「小さな農林漁業」は、農業の自然循環機能や多面的機能を発揮しやすく、農山漁村の振興・活性化につながりやすく、過疎化を防ぎ、資源エネルギーの効率的利用にも貢献する。
有機農業では、この50年以上にわたる日本の小規模・複合の有機農業によって各地に有機農業が根付き、広がった歴史が築かれてきた。この実績をみれば、小規模の家族経営(小規模団体・法人含む)こそが、本来の環境と調和する有機農業に向いていることがわかる。
さらに、自給的農家、家庭菜園、市民農園、コミュニティ・ガーデン等の「小さな農」を加えることにより、食料自給や人々の食料へのアクセスを容易にし、持続可能な農業・食料システムを強化することにつながる。
「環境と調和のとれた食料システムの確立」において目指すべきは、伝統知を踏まえて本来の科学を取り入れ現代に活かす「小規模・複合」「地域自給・流域自給型」の有機農業、「生態系の力を活用した持続可能な農業と循環型の食料システム」であるアグロエコロジーであることを再確認すべきである。
2 「国が講ずべき施策」(第二章)について
(1)(技術の研究開発の促進)(第八条)
特に小規模の複合的な有機農業の普及拡大に資する本格的な農学研究、調査研究及び教育を、①大学・大学院、②各地の農業大学校、③各地の農林環境専門職大学、④農研機構、地方自治体農業研究所等で取り組むことを積極的に支援することが必要である。そして、これらを通して、有機農業の指導者、及び次世代の有機農業担い手を育成することが重要である。その際、自然科学に偏らず、人文社会科学を含む学際的な研究、開発、普及、教育を行うこととし、農林漁業者等の当事者による参加型の研究、開発、普及、教育も合わせて行うことも必要である。
また、下記(3)生産活動にも関わるが、研究開発では、遺伝子操作技術を使わないで、①気候変動に強い有機種苗品種の研究開発・普及活動を加えることが必要である。関連して、②研究有機農家と連携したNPO事業者等による有機農業に向く在来品種等を保存・継承・普及する活動、有機種苗の生産・供給活動への支援も必要である。
(2)(技術の普及の促進)
この一環として、市民・農家等に公開する有機農場規模の「有機農業公園」や有機農業実践農場・体験農場などの整備・運営を、①地方自治体、②農家・市民等の団体、③農協、生協など協同組合、④NPO 等の民間の研究所等が取り組むことを積極的に支援すべきである。
また、欧米等で取り組みが広がっている有機農業によるエディブルスクールヤード(学校食育菜園)やコミュニティガーデン(地域食育菜園)も合わせて普及推進し、環境保全だけでなく、貧困・孤立の解消、栄養改善、福祉向上、多様な市民(高齢者、障がい者、外国人を含む)の共生にも取り組む必要がある。その際、自治体に農林漁業者、事業者、消費者、市民社会団体、企業、行政等による地域食料政策協議会(海外ではフードポリシーカウンシルとして発展している)の設立を促す仕組みを導入することが望ましい。
(3)(環境への負荷の低減に資する生産活動の促進)
このためには、まず何よりも「有機農業の推進」(有機農業推進法に基づく)を挙げるべきである。有機農業は、土づくり、化学合成肥料・農薬を使わないことに加え、ゲノム編集を含む「遺伝子操作技術」を使わないことが国際標準となっている。
この原則は、この法律が掲げる「環境と調和のとれた」農業にも適用すべきであり、「ゲノム編集技術応用食品」は除外すべきである。昨年春の「みどりの食料システム戦略」への意見募集で集まった意見のうち9割以上がゲノム編集への懸念や反対意見だったことも考慮しなければならない。遺伝子組換え作物が商品化されて20年になるが、これは農薬使用の増大を招き、生物多様性の点でも人への健康影響の点でも大きな問題を引き起こしている。遺伝子の水平遺伝という憂慮すべき問題も指摘されており、RNA 農薬とともに生態系に多大な影響を長期にわたって与えることが懸念される。
生態系は一体的なものであるため、一方でいくら有機農業を進めて農地の25%にしたとしても、75%の「慣行農業」の影響を受ける。自然の摂理を無視したゲノム編集作物やRNA農薬等は、予期しない影響も出てくる恐れがあるので「予防原則」を働かせて、これを使うべきではない。
(4)(環境への負荷の低減に資する農林水産物等の流通の合理化の促進)
消費者が有機農業でつくった農産物等を容易に入手することができるようにするには、地産地消・地域自給を進め、地域における小規模の産消提携・CSA(地域支援型農業)や、直売所、朝市やマルシェなどを数多く整備することが近道である。小規模・複合の有機農業との組み合わせにより、総合的にみた資源エネルギーも節減でき、環境負荷の低減に資するものとなる。
(5)(環境への負荷の低減に資する農林水産物等の消費の促進)
有機農業で生産された農産物等を消費者が的確に選択するには、「有機」等の表示情報が必要であるが、現在の有機JAS検査認証制度は、小規模生産者には時間と経費がかかり、ハードルが高すぎる。これとは別の小規模の有機農家にも手の届く「有機」表示のあり方が検討されねばならない。例えば、地域に根差した有機農業生産者・消費者の提携や関係者の参加型によって確認した農産物に「有機」に関する情報提供できる枠組みの整備等が必要である。計画書作成等でも、もっと多くの生産者が参加できる仕組みを考えるべきである。小規模生産者には、直接的な助成も考慮されてよい。
3 「基盤確立のための措置」(第四章)、「認定環境負荷低減事業活動実施計画等に係る措置」(第一節)について
これに係る認定事業活動や実施計画に係る措置等についても、小規模家族農林漁業生産者を排除しないだけでなく、それへの支援を手厚くすることに配慮されなければならない。
例えば、「環境支払交付金」においては、「有機農業」について、小規模農家ほど額を多くすることが考慮されてよい。SDGsの理念に「最も支援を必要としている人びとに最初に手を差し伸べる」とあるように、EUの共通農業政策では、小規模農家に対して直接支払交付金の優先的配分や加算を定めていることを参考にしてもらいたい。
4 「有機農業を促進するための栽培管理に関する協定に係る措置」(第二節)について
これは、「有機農業団地」の形成に係るものであるが、そもそも「団地化」というものが産地づくりをして大規模生産―大規模流通を経て、大手のスーパーマーケット等での低廉な価格での大量消費を促すという、既存の慣行農業で行われてきた方式である。こうした有機農業では単一作物になりやすく、有機農業技術にしても自然環境と遮断されたハウスやネットが多用され、「生産性」「効率」優先の資材多使用型になりやすいことが懸念される。
既に述べたように、自然と調和する食料システムは、地域の資源を循環的に活用した小規模・複合の有機農業・アグロエコロジーこそにあることを強調しておきたい。
また、このような有機農業の団地化により、個別の小規模農家による有機農業がやりづらくなることのないよう、十分に配慮すべきである。
以上のように、日本には、自然と共生した長い農林漁業の歴史があり、有機農業や自然農法、産消提携等についても半世紀以上にわたる実践や技術があります。こうした有効性が実証されている多種多様な有機農業・自然農法の技術(これらもイノベーションとして位置づけられますが)は「先端技術イノベーション」の枠組みでは十分に顧みられていません。こうした現場の声を重視し、国の「基本方針」や地方自治体の「基本計画」の策定をはじめ、幅広い関係者によるボトムアップで包括的な参加型の政策策定プロセスの実現を求めます。とりわけ、有機農業政策においては2006 年に有機農業推進法が制定され、都道府県・市町村でも推進計画が策定されてきました。有機農業推進法の第15 条では有機農業者等の意見の反映を規定しています。こうした政策の流れとボトムアップ型の取組の経験と蓄積を生かし、政策の意思決定において当事者の参加を保障することを強く求めます。