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【報告】FFPJ第16回オンライン講座「韓国の無償給食はなぜ実現できることになったのか?」

· ニュース

FFPJオンライン連続講座第16回「韓国の無償給食はなぜ実現できることになったのか」が7月15日19:30〜21:00まで開催されました。講師はソウル市在住「地域ファシリテータ」の姜乃榮(カン・ネヨン)さん。現在小中高校、特殊学校のすべてで行われている給食無償化、ソウルはじめ多くの地域で拡大する「親環境農産物」の活用はどのような背景があって進んだのか。市民運動や農民運動との関係は。詳しく解説していきます。以下は、講座の講義部分の概要になります(資料はこちら。末尾まで行くと、Q&Aまで含む動画をみることができます)。

皆さん、こんばんは。先ほど紹介されたカン・ネヨンと申します。皆さんの顔が見えないので、想像しながら話したいと思います。

今日はちょうど金曜日ですけれども、金曜日の夜って、皆さんにとって、どういう意味なんでしょうかね。たぶん土日の週末を迎えている。ずっと仕事をしていて、たぶん休みに入る。そういうふうな時間帯ではないかと思うんですけれども、ちょうど、この休みに入る時間帯に、こんなに熱心に皆さんが、給食問題に関心を持って参加なさったということだけでも、今回参加されている方が、どのくらいこういう問題に関心があるのか、想像がつきます。皆さんの関心に私がどのくらい応じられるかちょっと心配です。

金曜日の夜というのは、ご存じの方もいらっしゃるかもしれないですが、韓国語で「プルグム」と言います。プルグムというのは「燃える金曜日」という意味です。金曜日の夜はお酒をいっぱい飲んで、みんなワイワイする。今の時間帯はそういうふうな時間帯に入るところですけども、今日、私の話で皆さんが燃えるような気持ちになれるかちょっと心配です。

ですが、日本でも無償給食とか、オーガニックで子どもたちに良い安全な食材を食べさせたいというふうな気持ちを持っている方もたくさんいらっしゃるかもしれません。そういうことがなぜ韓国では実現できたのか、知りたい方がたくさんいらっしゃるかもしれないですね。

それで今日のテーマである「なぜ韓国は無償給食が実現できたのか」。皆さん、知りたいですか。いかがでしょうか、知りたいですか。韓国のお笑い人が流行させた言葉に、「知りたいですか、そしたら500円」という話がありますが、私はタダで皆さんに教えてあげます。(顔が)見えない中でそういうふうな話をするのはちょっと恥ずかしいという気持ちもあります。私はずっと地域運動とか市民運動をやってきた人間として、私たちの運動が真面目でちょっと真剣すぎる傾向があるので、もうちょっと楽しんで(参加できる)、そういうふうな運動にならないかということにも関心があって、今日の皆さんとの話の中で、少しでも良い雰囲気で始めたいと思って頑張ったので、もしあまり受けなかったら、お許しください。それでは本題に入りたいと思います。よろしくお願いします。 

*自己紹介

先に私の自己紹介をさせていただきます。私は地域運動をやっている人間として、地域の活動家兼研究者みたいな感じで活動をしています。右の方に見えているのが私の名刺ですが、チィッパー(zipper)が描いてあると思いますが、私のニックネームが「チィッファー」(zifa)なんです。韓国の地域の「チ」と「ファシリテーター」の「ファ」を合わせてチィッファーというような言葉を使っています。ファシリテーターというのは、促進者というような意味です。私はどう地域を促進するかということに関心を持って、そういう活動をしている人間です。そのために私は、地域に希望があるということを信じて、色々な分野を一緒にあわせて、それで一緒に地域の色々な課題を解決したいというふうなことで、色々な分野で活動をしています。

日本との縁では、私は東京都立大学の都市環境科学研究科で勉強させていただいて、日本希望製作所というシンクタンクで研究をしながら、日本と韓国の市民交流とか、お互いの先進的な事例とかを交流させる、そういうふうなことをやってきました。そういう関係で今日も、お互いが学び合い、一緒に交流しながら、それぞれの地域、それぞれの国に希望をもたらすようなきっかけになればと思いながら私の話をさせていただきたいと思います。 

1. 韓国の給食=小さな民主主義の決定版

今日の話は50分ということで、皆さんが期待していることについて全部答えられるかどうか心配です。たぶん色々な疑問があると思いますが、韓国の無償給食がなぜ実現できたのかという背景、きっかけというのを、皆さんが詳しく知りたいと思っていらっしゃるので、そういう歴史というか、韓国の給食運動がどういうふうに展開されて、無償給食、しかも親環境無償給食というような名前が付くようになったのか、ということについて説明させていただきたいと思います。

顔を見せられる方は顔を見せていただくと、もう少し安心して話ができると思いますので、よろしくお願いします。

韓国の今の給食は一言で言うと、親環境無償給食と言います。これが基本ということになっています。こういうことがどうやって実現できたのか。一言で言うと、民主主義の決定版なんじゃないかと私は解釈しています。なぜそういうふうに解釈しているのかについて、これから説明させていただきたいと思います。 

*親環境無償給食とは

先に韓国で言っている親環境無償給食という意味合いについて、皆さんが知る必要があると思います。親環境無償給食というのは、こういうふうに解釈ができます。生産だけではなくて、学校とか流通過程というものもすべて持続可能で安全であるということを言っているんですね。そういう健康や環境、生態的な環境を優先的に考えて生産しているものが親環境農産物ということで、これで作った給食が親環境給食になります。

この経費すべてを国や自治体が負担するということで無償という名前を付けて、親環境無償給食となります。これで親環境無償給食ってどういう意味なのか、皆さん理解することが出来たしょうね。これがソウル市の条例に定義されているものなので、そう理解していただいた上で、これからこういう親環境無償給食になるまで、どういうふうな経緯があったのかを説明したいと思います。 

*無償給食=人権

無償給食について我々が今考えている、そしてある程度、合致している概念というのは、人権であるということです。根拠は憲法にあります。たぶん日本の憲法にも似たようなことが書いてあると思うんですが、韓国の憲法、第31条3項で義務教育は無償にするということになっています。

皆さんは教育ということについて、給食は教育だと思いますか。それが一番重要なポイントです。学校教育の中で行なっているすべての活動を全部義務教育として我々が受け入れるんだったら、その中で行なっている給食も教育の一環だということです。これを区分しちゃうとたぶん話にならないかもしれないですが、そういうことについてある程度、韓国では給食も教育の一環であるということを同意しているということですね。 

*無償給食⇒普遍給食または国民給食に

そして普遍的な福祉対象ということで、無償給食も義務教育の一部であるということについて、ある程度皆が同意しているということが韓国の今の雰囲気というか文化になっているということです。それで無償という意味について違和感がある方もたくさんいらっしゃるので、我々はこれを無償ではなくて、「普遍給食」または「国民給食」に名前も変えましょうという雰囲気になっていると考えていただければと思います。

この親環境無償給食はどういう根拠を実際に持っているのかということですが、韓国では無償給食以前には「無料給食」ということがありました。これは欠食児童、貧困層とか一部の対象だけ、欠食児童というように韓国では名前を付けていて、子どもだけに無料で給食を提供していたということです。我々は無料給食とは区分して、無償給食であるという話をしています。韓国には学校給食法というものがあって、これは教育基本法の中に学校給食法が関係していると思うんですけれども、そういう関係で親環境無償給食が提供できるような根拠を持っています。そして自治体とかがこれについて予算を付けているということで、地方自治法も関係しているということですね。義務教育は無償であって、それによって親環境無償給食が成り立っているというふうに思っていただければと思います。 

*親環境無償給食の条件

親環境ということには、先ほど説明したように色々な生態とか環境に負荷を掛けないように協調できるということが付いています。もっと詳しく説明すると、放射線ゼロ学校給食とかnon-GMOとか、そういうことにもつながるんですね。またローカルフード学校給食ということで、できれば在来種の農産物を使用するようなところまで促進している地域とか学校もあるんです。これはすべてではないですけれども、だんだんそういうふうになっていると理解していただければと思います。

最近はソウル市の場合はヴィーガンの方、ヴィーガンの子どもにもヴィーガン給食を提供するように選択権を保障することまで発展しているということです。下にも書いていますが、ソウル市の教育庁が5つの無いということを「5無給食」として推薦しています。残留農薬、放射線、抗生剤、化学物質、GMOの無い給食にソウル市は力を入れていて、こういう食材を選択して給食にするともう少し補助金を出すというふうなことを今やっています。 

*無償給食の歴史(2001年~2022年)

次に無償給食の歴史です。一番重要なきっかけになっているのが2002年、「学校給食全国ネットワーク」が出発したということです。この学校給食全国ネットワークがどういうふうに出発することになったのかについて先に説明したいと思います。これが全体の流れですが、この中で特に、学校給食全国ネットワークのきっかけになったのは、学校の民主化運動と農民運動の出会いだというふうに言えると思います。こういう出会いが本格化し学校給食運動につながったと私は思っています。

学校の民主化運動というのは、韓国では皆さんご存じかと思いますが1987年、民主化運動で独裁政権を追い出す、そういう運動というか事件があったんですね。その後ずっと民主化という、もちろんこの前から民主化運動はずっとやってきたんですけれども、市民の力である区切りをつけているのが1987年です。そういう流れの中で色々な分野の民主化ということがあって、学校も形式的に運営委員会があったんですけれども、1998年度に学校運営委員会を正常化しようというふうな、地域別にそういう流れがありました。そういう学校運営委員会を正常化する活動の中で、色々な分野を議論したり決めることをしているわけですが、その中で一番予算が大きいのが学校給食だったんです。

学校給食をよく見ると、校長先生が賄賂をもらって自分で外部の給食業者にあげたりとか、その中で食材を一部残したりとか、色々な不正問題とか賄賂問題が見えてきました。そして食中毒問題、大企業だとか外部の業界がそういう学校給食を提供したという経緯があって、食中毒で子どもが死んだという大きな事件があったんですね。そういうことで、保護者たちが学校運営委員会を正常化する、民主化する1つのきっかけとして、この学校給食問題を取り上げたんです。

そういうことで2002年4月27日に学校給食全国ネットワーク準備委員会を結成するわけです。そういう流れが学校民主化運動の中で1つありました。それと同じ時期に、農民たちも韓米FTA問題とかに向けて、お米の問題の色々なキャンペーンを100日間ずっとやっていました。その中で彼らの主張として、お米の促進とかそういうことの一環として、学校給食に地域産の農産物を使用する原則を制度化する運動をキャンペーンの中に入れてやりました。この両方の話を聞いて、今はなくなった党ですが、進歩系の民主労働党という党があって、学校給食法を改正するための討論会を開いたんです。そのときに、農民たちとか学校の民主化運動をやっていた保護者、教師とか、色々な方が参加して、この討論会をきっかけにある意味、意気投合するというようなことがありました。それで全国レベルでこういう問題についてネットワークを作って話しましょうという、言わば市民運動というか市民レベルの運動として学校給食運動というか、学校給食が全国に広がることになったというわけです。 

*地域ワークショップ「子どもたちに健康を、我ら農業に希望を」

それで彼らがそういう運動をする中で、「子どもたちに健康を、我ら農業に希望を」というキャッチフレーズで皆さんを誘って、全国で地域別にワークショップを開いたりしました。市民たちの考えとか地域の市民がどういうふうに給食問題について考えているのかということを集める。本当に民主主義じゃないですか。そういうふうなことをずっと重ねて、社会的・全体的に雰囲気を作っていったということです。

そのときに彼らが運動だけではなくて代案を作って、これを政策化する。その中で実践をするというふうなプロセスを作って行く。制度として定着することとして、学校給食だけではなくて、もう一歩進めて公共給食、それを支えるために作ったのがフードプランです。フードプランについては後ほど説明させていただきたいと思いますが、それをまた地域別に実現するための中間支援組織がフード統合支援センターであるということとか、そういう地域センターをどういうふうにまとめるかということまで考えてやってきたということです。 

*学校給食に関する認識と要求

そういう学校給食をめぐって、それぞれのプロセスを作る中で、どうアクセスしたのかということですが、先ほど説明したように、食中毒の発生とか輸入食品の問題、そして校長先生の賄賂とか不正問題、そういうことから学校給食問題が行われていったということです。それで政策要求として食品の安全問題とか透明な運営管理の責任を強化するとか、教育の一環としてこれを要求するということだったんです。

実際に学校現場をモニタリングして、どういう問題が起こっているとか、それをどういうふうに解決できるのかということについての代案を提供したりしました。農民たちも同じく、自分の問題から学校給食につながるということが分かっていって、それで学校給食と他の分野が連携する、連帯できる、そういうことから学校給食をどんどん無償で親環境という方向性に持って行くような流れになりました。 

*無償給食の歩み

それで先ほどの表にもありましたが、これを見ていただくと、こういうふうな流れから、学校給食全国ネットワークがきっかけになって、市民の力で学校給食法を全面改正するような方向になって行ったし、このあとの韓米のFTA問題とか、BSE問題とかがまた市民運動を触発する、そういうようなきっかけになっていったんですね。

ちょうどこのときに地方選挙がありました。この地方選挙で民主党が無償給食で私たちはやっていきますよという公約を出したんです。その結果、民主党が多く当選して政治的にも力を持つことになり、実践できることになりました。

特に2011年、ソウル市がその当時は民主党ではなくて、今は国民の力という党ですが、前はハンナラ党という、今の与党ですね。そこの市長だったんです。彼は無償給食について反対だったんですね。それで自分の職を懸けて住民投票をしますと。たぶんソウル市民は反対するだろうと思っていたんです。それで2011年、自分が直接に住民投票に掛けて、市長を辞めて、それで選挙をしたんです。そしたら、逆に自分が破れて、親環境無償給食を実施する市民運動をやっていた朴元淳(パク・ウォンスン)さんが当選されたわけです。ソウル市は日本だったら東京都くらいの力があるので、全国に影響を与えるような、拡散力を持って行ったんですね。それで韓国では親環境無償給食がもっと速度をあげて、実施できるきっかけになりました。 

*学校給食法の改正方向の価値と意義

学校給食の全面開始がどういう関係性にあったのかということですが、給食は直営が原則になり、そして無償給食を拡大するということと、できるだけ我々の農産物を使うということになりました。実はちょっと事情があって、最初、自国産農産物を使うということにしたら、WTOで提訴されました。国内でも国外でも同じ農産物を差別しないというふうな項目があるんですね。それでこれをどうすれば、こういう区分について避けられるのかということをずっと突っ込んで(考えて)いきました。それで、独特な品種のような扱いをされる項目とすると、こういう規定を外れることができると分かったんですね。

親環境農産物というブランドを付けるようになったのは、WTOの問題を避けるためです。親環境農産物とか親環境無償給食につながるような、できるだけローカルフードで安全な農産物というような意味合いとして、親環境農産物を使う学校給食になったというふうに言えます。 

*学校給食改善運動の進化

学校給食についてもう一度復習すると、最初は学校給食というのは学校の民主化運動の1つ、政治のアイコンだったんですね。そして農民運動とか学校運動とか色々な分野で合致する社会アゼンダーとしても、こういう学校給食問題があったということです。これが全国の運動として広がって、自治体と一緒に組んでガバナンスをするということで実践できた。

そういうことで教育が正常化するとか教育基本法とか、学校給食として逆に教育問題を突っ込んでいったということですね。そういうことで人権問題にもつながって行ったし、福祉とか健康とか持続可能な社会基盤を作ることとしての食べ物というふうなすべての問題まで含める、そういう社会運動として学校給食の意味合いがあるということです。それで私は、学校給食というのは韓国では民主主義、小さな民主主義、そして市民運動の決定版ではないかと思っています。 

*学校給食運営体系

実際に学校給食はどういうふうに運営されることになっているのかというと、先ほど説明したように、学校給食は学校直営が基本です。もちろんまだ、委託している学校もあります。本当に少ないですけれども10%以下。たぶん2~3%くらい残っているでしょうかね。昔委託した学校が学校運営委員会でこれを直営に変えるよっていうふうに判断すれば直営になるんですけれども、まだこれを判断していない学校もあるので、まだ100%ではないということです。でも原則としては直営です。

学校でやっているのは、先ほど説明したように、学校運営委員会の中で給食小委員会があって、そこが管轄しています。献立を作成したりとか食材の発注とか、これは栄養士さんがやっているんですけれども、そして教育庁はこれを支援するという形で、政策を樹立したりしています。農林部、日本の農林水産省ですね、そこがこういうふうな学校給食に応えられるような品目とか農産物に関しての整理とか、そういうことについての活動、特に基礎給食支援センターとの連携とかハブの役割もしています。そして在来種とか種の確保とかにも力を入れていますね。そしてもう1つは移住者、農村に移住して安定的に農業ができるように支援したりもしています。

自治体としては、給食が安定的にできるように、統合センターを作ったり、給食支援センターとかを設置します。それで、そういう学校に安定的に食材が提供できるようなことをやったり、農民は小農が韓国でも多いので、小農を組織化して安定的な農産物が提供できるようにしたり、農村地域の自治体がそういう役割をしています。都心部の自治体は、農村の自治体と組んで、安定的に提供できるようにしたり、色々な行政とか分野を巻き込んで循環できるような仕組みを取っています。それで先ほど説明したキャッチフレーズ、「子どもたちに健康を 我ら農業に希望を」が本当に実現できるようなことをいまもやっています。我々の社会は生命中心の社会ですよということをお互いに確認している、そういうふうなことまで考えているということですね。 

2.フードプラン

学校給食がそういう流れの中で実現できたので、学校だけではなくて、もっと広がるような制度作りとか社会全体に影響を与えるために、公共給食もそういうふうな親環境農産物でできるように仕組みを作るということも、重要だと思っています。これを1つの制度として考えて、市民運動として定義してやったのがフードプランです。 

*韓国のフードプラン

フードプランは、こちらの背景にもあるんですけれども、食習慣が変わったり、食べ物の基本権(Right to Food)が弱くなっているという、そういう部分で健康問題とか食の基本権をどういうふうに保守するか。特に日本とか韓国は食料自給率が低い中で、今、ウクライナ問題とかを見ても、食料の安全保障の問題がすごく懸念されているということもあります。そういうことで、韓国の食料問題について、これをどうまとめていくのかということで、韓国ではフードプランを民主党を中心に作っていったんです。

もちろん、市民社会がこれを提起したり、提案した上でそういうふうになっているわけですけれども、特に自治体が先駆けてミラノ協定に参加することによって、国のフードプランを逆に引っ張り出したということが言えると思います。ソウル市とか全州市とか、これ以外にも色々な自治体が参加しています。このミラノ協定というのは、こちらの参考にも書いているんですけれども、都市の連携、連帯として考えていただければと思います。都市の食料政策をミラノ協定と言います。そこにソウル市がフードマスタープランを作って積極的にフードというか、食を中心に地域、都市を再構成するっていうふうなことをやっています。

我々の社会では、国連でもSDGsという持続可能な発展というような話をしているんですけれども、こういう社会の持続可能性ということを食料問題から見たのがこのフードプランであると理解していただければと思います。そのためには生産とか消費とか、地域社会がこれをどう巻き込んでやっていくのか、ということが重要であると思うんですけれども、そういう形の中でフードプランが成り立っているというふうに言えます。 

*ソウル市の都農共生・公共給食

フードプランのおかげで、ソウル市は都市の農村部の共生、そして公共給食を行うことになりました。それで特にこの自治区、ソウル市には25の自治区があるので、それぞれが農村の自治体、基礎自治体と組んで、そういう安全な食材を学校給食にする。公共給食の対象になるのが、保育園とか地域児童センターとか福祉施設などの公共施設で、この公共施設に安定的に提供できるような仕組みを作っています。それがソウル市の都市と農村部の共生や公共給食になります。

まだすべてはやっていないんですけれども、25のうち13の自治区がそういう公共給食センターを作って運営しています。もうちょっと言えば、小農の生産、農産物がもっと安定的に消費できるように、供給できるようになったと言えます。 

3.韓国の学校給食の現況と親環境農産物

今まで韓国の学校給食、そして公共給食がどういうふうな流れで、成り立って行ったのか、実現できたのかということについて、説明させていただきました。

そうしたら実際に、学校給食の中で親環境農産物がどれくらい使われているのか。割合を増やしてきましたが、まだ100%ではないんですね。 

*2021年度学校級別給食現況

韓国の学校では今、幼稚園から高校まですべて無償給食になっています。障害者とか(が通う学校)を特殊学校と言いますが、特殊学校も同じ100%、学校給食を行っています。なぜ学生の数が99.9%なのかと言うと、この日に食べない学生もいるかもしれない。それで100%ではなくて、99.9%というふうに表記されています。運営の形は先ほど説明したように直営が基本ですが、まだ委託している、そういう学校もあってですね、小学校が0.1%、中学校が0.7%、高校が8.4%となっています。だから全体的に見ると2.0%だけが委託で残っていて、98%は直営であるというふうに思っていただければと思います。これが今年2月28日の基準ですね。

そしてこの親環境農産物がどのくらい使われているのかということについて、色々な形で調べて行ったら、農林畜産部、日本の農林水産省が2018年にそういう現況を調査した資料があってですね、これから最終的な消費段階の流通経路を見たら、学校給食では39%くらい親環境農産物が使われているということが分かりました。それは学校給食の予算が毎年、拡大されているので、親環境農産物を使う量が増えているということです。特にこのきっかけとなったのは先ほども説明したように2010年、地方選以降に地方選で無償給食を行ないますよと言っていた首長さんがたくさん当選されることによって、すごく早めに増加することになったということです。

これを学校別に納品されたりとかすると、結構難しいかもしれないですが、中間支援組織として、学校給食の支援センターを地方自治体が作り、そこが色々なバックアップをすることで、もっとこの親環境農産物が使いやすくなったというふうな環境もあります。韓国の農林部が2018年から2022年まで、産業発展5カ年計画を出しているんですが、この中でも親環境農産物を認証する面積を拡大するという政策を持っているので、だんだんこの親環境農産物が増えていくと思っています。もう1つは補助金の中で、親環境優秀農産物の場合は、給食の差額を支援する事業があるんです。だから給食費に食材、一般食材の値段が付いていますが、もし親環境農産物を使う場合は、プラスいくら、また付けてくれるんですね。それで親環境農産物をいい値段で選択できるような、そういうふうな環境も作っているということです。 

*学校給食親環境農産物供給高

そして今、どのくらい実際、学校の中で親環境農産物が使われているのかということですけれども、この表は地域別にソウル市からゼジュまで、韓国のすべての広域自治体の中で、小学校から特殊学校までどのくらいの親環境農産物を使っているのかを統計で出しています。ご覧になっていただければと思いますが、地域別に結構、差があるということが分かりますね。特に全羅南道とかを見ると、97.7%です。韓国で一番大きな農村地域と言ったら、この「全南」と書いているところですね。そこでは97.7%くらい親環境農産物が使われているということですので、結構、影響はあるというふうに言えます。 

4. ソウル市親環境無償給食の実施効果

経済的にどれくらい親環境農産物での無償給食は効果があるのか、ということについて質問があったので、これをちょっと見せたいと思います。時間もほとんどなくなりましたので、最後になりますけれども、ソウル市の親環境無償給食の効果について、韓国の有機農業学会誌に発表されたものがあったので、これをちょっと見せたいと思います。ソウル市は先ほど説明したように2011年、親環境無償給食の実施派の市長さんが当選することから始まったんですね。それで2011年から2017年までの経済的効果、社会的効果をちょっと整理してみたんですけれども、無償給食の予算を投入することによって、産業分野別にどのくらいの効果があったのか、ということについて報告があったので、これを書いてみました。 

*経済的効果

これを見ると、結構な効果ということが分かりますよね。特にソウル市の場合は農村自治体とか、他の自治体と組んで、そういうふうな無償給食を実施したので、他地域の経済にも結構、影響を与えたということが注目する部分です。親環境農産物で献立を作るということで、給食の品質を上げることになったし、輸入農産物の比重がすごく減ったということも1つ言える部分です。農家の収入も13.3%増えたというふうな統計もあります。 

*社会的効果

経済的な効果だけではなくて、社会的な効果も考えてみると、自治体と自治体が組んで親環境農産物を提供して給食を作るので、農村体験活動だとか、食生活の教育も伴って、拡大することになったんです。そういうことで自然に保護者たちとか学生さんたちが自分の地域の自治体が組んでいる農村自治体に行って交流することで農村にも農業にもすごく関心を持つことになったし、自分が体験することによって、もっと良い食習慣になるというふうな影響もありました。親環境流通センターの運営をするということによって、給食の納品業者も専門性を持つことになったりして、効率性も向上したり、食材の安全性とか品質も向上したり、安定的な供給体系が確立されたということです。

もしそれが学校別にしたらたいへんなことだったと思うんですが、こういうふうな中間支援組織を作って、学校をバックアップするということは良い選択だったのではないかと私は思っています。そして学生さんの健康増進に寄与したのかというアンケート調査を行ったら、学生さん本人は73.6%くらいが自分の健康に影響があった、良かったと。保護者たちも68.8%、栄養士たちも75.8%というふうに答えました。そしてやっぱり地球温暖化問題とかもあって、炭素量の排出というのがすごく気になるんですが、そこも1万トン以上、減らすことになったくらい効果があったのではないかと、この報告から分かります。

時間がもうだいぶ過ぎたので、ここで私の報告を終わります。ご清聴ありがとうございました。