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【報告】FFPJシンポ 2030年 農を担うのは誰か―基本計画を問う(25年2月21日)

· イベント

FFPJシンポジウム「2030年 農を担うのは誰か―基本計画を問う」が2025年2月21日、衆議院第2議員会館第1会議室(オンライン併用)で開催されました。シンポジウムでは冒頭、FFPJ常務理事の池上甲一さん(近畿大学名誉教授)が、政府が3月末までに閣議決定を予定している「食料・農業・農村基本計画」に対するFFPJの提言を紹介。その上で、4組5人のパネリストによる報告・討論が行われました。パネリストは、福島県二本松市の根本敬さん(あだたら食農school farm責任者)と近藤匠さん(福島県二本松市で活動する地域おこし協力隊員)、大阪の川崎佑子さん(羽曳野市の農業者)、鳥取の鎌谷一也さん(農事組合法人八頭船岡農場組合長)、茨城の田中宏昌さん(JAやさと有機栽培部会長)です。司会は、FFPJ常務理事の市村忠文さん(全日本農民組合連合会書記長)が務めました。以下は、シンポジウム冒頭のFFPJの提言の紹介とパネリストの報告部分の要旨の紹介です。

◆市村さん

家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)のシンポジウム、「2030年、農を担うのは誰か、基本計画を問う」を始めていきたいと思います。

 農水省では2025年度から2030年度にかけての「食料・農業・農村基本計画」を作るための検討を進めています。FFPJもさきほど、農水省担当者と基本計画について話し合いをしました。中でも、担い手をどうするかということは非常に大きな課題ではないだろうかと思っています。今日のシンポジウムは、この担い手の問題に焦点を絞りながら進めていきたいと考えております。

まず、私どもの基本計画に対する考え方についての提言を申し上げた後、4組の方々から担い手の問題に焦点を絞りながら、今後の農業・食料・農村のあり方につきまして、提起をいただき、討論を進めていきたいと考えております。オンラインでの参加の皆さんも含めて、活発な論議を進めていただきますようお願いを申し上げます。

最初にFFPJの村上真平代表から挨拶を申し上げます。

◆村上代表

皆さん、こんにちは。村上です。今日はこのシンポジウムに集まってくださって、ありがとうございます。

これから本当に食の問題というのは、ひじょうに大きなことに世界中でなって来るっていうことはもう間違いのないことなんですね。これはもう人口増加とか環境の問題、それから気候変動においても、これから食料というのは、本当に人類にとって問題になると言われています。

実はウチの子供がですね、ある日、僕にある本を買ってくれと言ったんですね。何買ってほしいのと。来年、あのときは来年。今年、2025年の7月5日に何があるのって、それを書いてある本だと言うんです。何の話だということで、でも買ってほしいという本があると言うのなら、買ってあげようということで、買ってあげたんですが、皆さんもご存じの方もいらっしゃると思います。僕も今、2年間ほど、ある自給自足カレッジというところで、自給自足を学びたいという人たちに教えているんですが、その人たちの中にも、この考え方、つまり2025年の7月の5日はひじょうに世界の転換期で、昔、ノストラダムスの大予言というのがありましたね。僕らも子供が出来たから随分、考えたんですけども、それと同じようなことが言われているんですね。

 面白いなと、いや面白くはないんですけども本当に起こると。ただ、それで面白いなと思ったのはですね、色々な人たちが話しているんですが、これに対してどう対応するかっていうことに対しての方法が本当に具体的なんです。まず2年間の食料を備蓄しなさい。そして、これから本当に色んなことが起こってくるので、それに対して耐えて、耐えられるように食料備蓄、そしてコミュニティ、本当に皆で助け合えるようなコミュニティを作りなさい。そういうことは色んなところでは言われていてですね、僕のところに来ている若い人も、村上さん、それどう思いますかっていうふうに言われて、まあ、ちょっと7月5日のことはよく分からない。けども、実際問題としては今、トランプ大統領になって、USAIDが無くなったりだとか、イーロンマスクがですね、世界一のお金持ちが好き勝手に、レイオフ、つまり早く連邦政府の職員に辞職しなさいと言ったりとか、それから様々な形で本当に世界はものすごい変わろうとしていますし、今の経済システムもどうなるか分からない。

それはさておき、我々は農にかかわる。農というものは食です。そして本来、日本の農は日本の国民を支える食を生産し、支えるべきなのに、そういうふうにできない状況という世の中でこの農業基本法。で、この中で今回話す担い手の問題。本当にこれからの世界を、僕らが生きていって、そして子どもたちにおいても、今回のことはひじょうに大切なことであり、今回それに関して様々な形で活動をされている方がシンポジウムをいたします。これをとおして、皆さんといっしょに、この食の問題を考えていきたいと思います。

◆市村さん

続きまして、FFPJで出しています、新しい「食料・農業・農村基本計画」に対する意見について池上常務理事から説明をいただきます。

◆池上さん

はい、池上でございます。常務理事を務めております。よろしくお願いいたします。

今日、私は脇役を務め、主役はこちらのシンポジストの皆さんにお譲りしたいと思います。実は、今日まで「食料・農業・農村基本計画」骨子(案)に対する意見募集がされています。このことも意識しつつ、新しい食料・農業・農村基本計画骨子案を踏まえた意見を取りまとめたので、それをご紹介申し上げます(FFPJの提言)。時間もありませんので、要点だけ説明したいと思います。

最初から一番最後を見てくださいと言うのも、おかしなもんですけれども、この3枚物ですね、新しい食料・農業・農村基本計画に対する意見、3枚物の裏表6ページの6ページ目をご覧ください。一番最後の19番目ですが、直接、基本計画の中身と関わるものではありませんけれども、基本的な視角というか、姿勢に対する問題点だというふうに考えておりますので、ここからまず、申し上げたいと思います。

基本計画、それから新基本法の論議でもそうですけれども、農業就業者は30万人になるとか、農地が大幅に減るとか、少子高齢化で国内市場が縮小するとか、そういう言わば、「減る減る症候群」に侵されている。Business as Usualで、成り行き任せに進めていくんだったら、政策なんて要らないですよ。そういうBusiness as Usualの傾向にどこで歯止めをかけ、逆転させるかという覚悟がなければ政策とは言えない。そのためにはもちろん、ちゃんと総括をしてもらわなければいけない。19番目にそのことを書いておりますので、またご意見をいただければと思います。

で、1番目に戻りまして、「農業をめぐる国際的な潮流を尊重し、それに対応する仕組みを整備すること」。具体的には、国連の世界行動計画の枠組みに沿った国内行動計画の策定とそれに基づく政策の強力な推進を求めたいというのが1点目です。

2点目は、家族農林業の果たしている役割の重要性と位置づけを新基本計画に明記すること。「多様な担い手」について、骨子案から抜く抜かないという議論があったようですけれども、まあ何とか残ったということは評価したいと思います。しかし、その「多様な担い手の役割」は単に農地の維持にとどめられています。決して農業の生産を担っているという認識になっていないですね。それを端的に表しているのが、家族経営を対象とした具体的な政策がないということです。多様な担い手を内実化させ、農業と農村の担い手として育てていくという、そういう視点を設けることが大事だというのが2番目でございます。

3番目、食料をコモンズと位置づけ、その担い手である家族農業の経済的再生産と農業就業者の確保を担保する。そういう仕組みを作る必要があるということです。合理的な価格政策、これは後で申し上げますが、今、進められている合理的な価格政策では、とても不十分なので、アメリカ型の不足払いとEU型の直接支払制度を適切に組み合わせることが必要だろうというふうに考えております。合理的な価格形成ということで、すべての段階の費用を積算するということになるとすれば、とても消費者が買えるような価格にはならない。納得してもらうことはなかなか難しいだろうと思います。合理的な価格形成に多くを期待することはできないので、不足払い制度を創設することと、直接支払制度を新設する必要がある。そのためには国民合意が必要なので、食料をコモンズというふうに捉える。そういう取り組みを強化する必要があるだろうというふうに思います。当然のことながら、自由貿易協定に対する見直しということも必要になってくると思います。

4番目と5番目は、特にこれからひじょうに重要だというふうに考えている担い手の問題でございまして、4番目が女性の問題、5番目が青年農業者の問題でございます。

4番目では、特に若手女性の実態に即した支援策を講じることが重要だと思います。今、農水省が行なっている女性対策というのは、法人を前提としたものであって、しかも物的な支援にとどまっていると言わざるを得ません。女性が生きやすく働きやすい環境づくりを支援する政策、それから妊娠・出産・産後・育児期における農作業補助のための支援制度も早急に構築していく必要があると考えております。この場合の出産・産後・育児という問題については、女性だけにかぎらず、家族経営の男性の育児支援というのも、当然のことながら必要になりますので、そういうことを可能にする農業ヘルパー制度の導入ということを具体的に提言しております。

5番目の青年農業者につきましては、特にその新規就農者を、親元就農を含めて新規就農をする場合の支援制度がひじょうに分かりにくいし、使い勝手が悪いと言われております。ここの大幅な改善を求めたい。それから、新規就農者を確保していくためには、やはり初等・中等教育から農業に親しむ機会を設けて、その楽しさを体験する学びが有効だというふうに考えられますので、今、行われている食育とは別の枠で、新しいカリキュラムを文部科学省と共同して作っていくことが大事だと思います。

6番目、ここもですね、症候群という言葉を使わせていただくと、生産性向上症候群と言えそうなぐらい、骨子案にはそればっかり記載されている。ひじょうに強調されています。生産性の向上が重要な場面もありますけれども、そのことが家族農業の自立性を損なうことになっては虻蜂取らずでございます。骨子案では、その生産性の向上や費用対効果のために、スマート技術の導入ということを想定しておりますが、その先には新しい機械化貧乏が待っていると言わざるを得ない。このスマート農業技術は、農民の創意工夫の余地が極めて乏しい。そういう技術でもございますので、このあり方について、もう少し慎重にかつ冷静に評価する必要があると思います。

次にまいりまして、3ページ目で7番目です。ここでもですね、数字症候群でKPIを設けるとしています。KPIを設けて、それを毎年、どこまで達成したかということを評価してですね、公表するというふうになっています。ちなみに骨子案そのものには、食料自給率という文言はひと言もありません。が、先ほどの農水省の方のお話によると、まだ案の段階で、完成したものではないということですけれども、KPIには、その一つとして、食料自給率が残っているというレベルにとどまっています。ともあれKPIと言われている目標の指標ですね、それがやたらに出てくるんですけれども、相互の関係が分かりませんし、それから数字にしやすいものだけが評価の対象になってくるということで、結構、抜け落ちてくるものがあるんじゃないか。新しい、例えばエネルギー生産性とか、資本生産性、生物多様性や生態系についての指標、社会的な関連指標、そういうものを駆使する総合的な検討というものがない。それを抜きにしてですね、上位の目標指標、KGIと言いますが、KGIは出来ないだろうと思います。今後の目標は生産性向上ではなく、永続性強化だというふうに考えております。

8番目、骨子案の食料安全保障政策を全面的に見直し、国産優先の姿勢を明確にすることです。新基本法の見直しのきっかけになったのは、言わずと知れたロシアのウクライナ侵攻による価格高騰、生産資材の高騰であります。つまり輸入依存の脆弱さがきっかけになったわけですが、基本計画では輸入先の安定化とかですね、多様化を主張する。一方で、輸出をすることで、生産基盤を確保する。このように輸入と輸出にかなり前のめりの食料安全保障政策になっている。ということで、これは安倍政権のときからの、ずっと継続している問題ですが、30年には5兆円目標を達成しようという縛りにずっと拘束されていてですね、「海外から稼ぐ力」のための基本計画となりかねないと懸念をしております。

9番目、備蓄政策を根本的に見直すこと。今回のお米をめぐる動きの中でですね、ようやく流通の目詰まりの時点でもお米を出すというふうになりましたが、これも買戻しという条件付きなので、本格的な備蓄の放出というふうにはなかなか言いにくい面があります。そもそも今の備蓄政策では、政府が公的に備蓄するのはお米だけ。で、小麦とか大豆とかは対象となっていない。国内生産に基づく公的な備蓄をもっと拡充し重視していく。その運用も透明性を高めるということが重要だと思います。それからあまり知られていませんが、この備蓄なるものは、その前に総合的というのが付いていまして、非常に拡充したと自画自賛しております。しかし、これはまやかしではないかというふうに思います。海外から日本に向かっている船の積載分、それから海外のサイロにあるもの、契約栽培の農地まで、備蓄の中に入ると説明文書には書いてあります。日本に向かっている船はまだしもですね、まだ穫れるかどうかも分からないような契約栽培の農地まで、総合的な備蓄の中に含めるというのは、どういうことなんだろう。「総合的な備蓄」と聞いて、国民が想像する内容とは大きく異なっていると言わざるを得ない。

次のページにまいりまして、10番目。先ほど申し上げましたけれども、骨子案にもですね、つまり基本計画の本文に食料自給率目標をきちんと復活させること。そして国内生産の強化を担保する、こここそ数値目標とロードマップを作成することが重要だというふうに思います。熱量ベースの食料自給率が40%を切るに至った根本的な理由の分析が無いままに、食料自給率目標を放棄するというような姿勢、方針は許すことができないと思います。石破首相が食料自給率目標はどうも嫌いらしいので、抜けたんではないかという話もあるようですけれども、そういう政権の意向でコロコロ変わるというようなことでは困るというふうに思います。その食料自給率目標を達成できなかった根本的な理由を分析、総括し、根本的な対策を講ずるということが、それこそ構造的な転換の本筋だというふうに考えております。

11番目はアグロエコロジーの重要性と利点を踏まえ、農業生産の方針に据えることです。12番目は省略いたします。

13番目、新基本法の評価すべき点として、人口減少下でも地域社会を維持するという規定が入りました。これをですね、実現するための施策を充実することが大事だろうというふうに思っております。

14番目は農民への種子の権利を担保することでございます。食料供給困難事態が仮に発生して、米・麦・大豆、あるいは芋の生産を農家に依頼したとしても、種や苗が無かったら話になりません。だから、種子法の復活と改正種苗法の見直しということが重要だろうと思います。

時間がまいりましたので、15、16、17、18、19は省略させていただきます。以上で、FFPJの新しい基本計画に対する意見の紹介を終えたいと思います。どうもありがとうございました。

◆市村さん

これからシンポジウムに入っていきたいと思います。

農水省は、これからどんどん農業を担う人が減っていくことを想定して、大規模化、あるいはスマート農業という形で、人がいなくても生産できるようなことを言っておりますが、私どもは農業の基本はやはり人が担うべきだし、その人たちがより多様な形で存在することが必要ではないだろうかと思って、提言でもまとめているところです。

そこで、どういう形で地域の中で担い手を作り、育て、そして生産をしていただけるようにするかということについて、皆さんと考えたいと思ってシンポジウムを企画いたしました。

ちょうど今日(2月21日)の日本農業新聞の一面トップに、次期基本計画では農業者の確保目標の設定を見送るということが出ております。農業者が将来、どれだけ必要かということを今回は出さないということです。農水省は農業者を確保することに自信がないということの表れではないかと思います。FFPJでは、今日のシンポジウムを踏まえて、農水省へも要求にしていきたいと考えています。

 本日は4組の方々にお話していただきます。それぞれ特徴を持った取り組みをしておりますので、色々な考え方が出てくると思います。必ずしも一つの方向でまとまることはないかもしれませんが、多様な形での担い手の確保ということを考える機会にしたいと思います。

 最初は新規で就農する方をどうやって作っていったらいいのか、ということで取り組みをされている福島のあだたら食農school farmの責任者の根本さんと、そちらで新規就農支援をされている近藤さんにお話をいただきます。

◆根本さん

こういう機会をいただいて、ありがとうございます。あだたら食農school farmの代表で根本と言います。このプロフィールにも書いてありますが、このあだたら食農school farmは、第5期の中山間直接支払の集落機能強化加算を利用しての事業として、スクールを立ち上げました。基本的には農業そのものを問おうということです、技術を含めて。ですから不耕起栽培とか、あとほとんど全部JAS、有機栽培で肥料農薬はほとんど使わないというような、そういう農業の体系ってあり得るんだろうか、それが若い世代とかにどう受け入れられるんだろうか、ということで立ち上げました。

*ビデオ音声:ここは福島県二本松市永田地区です。その一角にある農場で私たちは持続可能な農業を実践しています。二本松の有機農業、環境に良い農業を学び、新たな農業の担い手の育成や安心・安全な食の確保を目的としています。また、身近な農地で誰でも実践できる有機不耕起栽培やオーガニック・ガーデンの維持を体験しています。

はい、これがあだたら山で、とてもきれいな風景になっておりますが、ここでやっております。で、もう結論から言ってしまうと、私たちが目指しているのは、誰彼ではないと。国民が皆、百姓になりましょうと。国民皆百姓というのが、私たちが今、たどり着いている、結論までは言いませんが、目指しているところですね。で、何が方向付けたかと言うと、問われていることは何だと。食べ物を安易に他人とか他の国に依存していいんですか。

2番目に、明日、地球が滅びるとしたら、あなたは今日、りんごの木を植えますか。種を播きますか。さっきの村上さんの話ではありませんが、ここでりんごの木を植える方? あーっ、良かった。我々、農民連の総会に行ったときにはね、近藤君と新規就農で来た2人しか、数十人いる中で、パッと手を挙げたのは、近藤君ともう1人の新規就農者2人だけでした。その後、こういうふうに問うています。楽しい就農を考えませんかと。結局、もう無残な終わり方というイメージが強すぎる。農業に対するイメージが悪すぎる。だから覚悟を決めてくださいと。自分は何をするのかということを。それが覚悟が、今まもなく70とかね、80になろうとする人たちが決めないと、次の世代には伝わりませんよ、ということを言っています。

もう1つは、農業は産業ですかと。私の祖母との対話がありました。私も農業、大嫌いな人だったんですよ。大学を出て、その後、どうしようかと思っていたときに、私にも職業選択の自由というのがあるよね、というふうにウチの祖母ちゃんに聞きました。祖母ちゃん何と答えたか。百姓は職業ではない、というふうに言われてしまったということがあります。

農業にマニュアルはありますか。これは国民1人ひとりが考え、作り出す生業ではないかと。はい、じゃあ何をするのかって言うことで、明確にしようということで、就農支援を具体化するというのと、あと第三者承継の道筋をつけたいと。終わろう、誰かに譲りたいということをはっきりした人、その方への道筋をつけたいと。私も今、68なので、あと2年か3年後には第三者承継をしたいというふうに考えていて、これも農民連の役員会で言うんだけど、役員の皆さん、貴方はどういうふうに終わりを考えていますかと。誰も考えていない。まあどうにかなんじゃねえのみたいな、だいたい、しょうがねえなみたいな、そういう、ちゃんと決めようと。そうしないと若い世代に繋がらないということを言っています。さらに、そんなことを言ったって、若い人、来るわけねえだろうと、だいたい、そういう答えが返ってきます。

ところが我々のテーマは、青年は農村をめざす、どっかで聞いたことがあるというふうに思いますが、これは後でも説明しますが、やっぱり農業というよりも、地域をどういうふうに作っていくかと。そこに若い人たちは絶対、必要なわけです。で、だいたい言われていますけれども、効果的なのはよそ者ね、あとはこれも語弊がありますがばか者ね、最後に若者と。こういう人たちを農村が包み込めるかどうかだというふうに思っています。

国民皆百姓の中では、不耕起栽培を今、やってて、これがですね、地元の農家の人から驚きが返ってきているんですよ。とにかく大根の種を草の上からばあっと播いて、その後、草を刈っておくだけですから。すると、大根にはなりにくかったんですけど、中根、小根には十分。今、でっかい大根、売れないからね。ちょうどいいサイズの大根ができると。ここは後で読んでおいてください。

これの中山間地の集落機能、強化加算ですね、これ、200万円ですね。あとは福島県の地域創成支援事業で2020年から2年間だけでしたけど、合計で300万円。あと福島農民連産直農協の太陽光発電事業から40万円。その他もろもろ100万円で運営しています、この事業全体は。あとこの福島県の場合は就農支援相談センターがワンストップで実現したということがあって、ここはやっぱり大きな役割を果たしているだろうというふうに思います。

あと二本松の支援事業。二本松市は東和地区というのがあって、ここはもう、十数年前から新規就農者の受入れ体制をきちんと自治体でやっていたというそういう教訓があるものですから、経験を持っているものですからやったと。で、移住就農フェアを年2回やります。この前は東京の交通会館でやりました。100組来ました。私のschool farmのブースに10組。で、その中の1人です、近藤君は。

驚きますよ、あの人の多さ、渡辺君も来てたね。でね、しっかりしてるの、聞くと、話が、彼らが。皆、30代から40代の方たちだよ。夫婦でおいでになる方がたくさんいました。あと移住お試しツアー。これも来てもらって、農村の形をちょっと味わってもらう形でやっていると。で、これをずっと維持していくために、我々はずっと地域起こし協力隊員としてschoolにほしいなということで、ずっと市にお願いしてて、今度、近藤君が実現したということであります。

で、事例がこの3つほどあると。近藤君が地域協力隊員として来てくれた。彼も正月に地域の新年会に行ってもらいました。そして言われた言葉は、あなたがここに来てくれたことだけで嬉しいと。これが地域起こしですという、そういう発言があったと。あとK君が家族5人で東京から。だから二本松の人口が一気に5人。これは移住支援金を活用してきました。あと、山形大学を卒業したN君も経営準備型を利用して就農しています。

で、だいたい不耕起栽培で衝撃だったのが、だいたい農家の人は、そんなことで物が作れると思ってんのか、みたいなものがだいたいですね。で、市民の方は、これなら私もできそう、みたいなね。で、だいたい従来の農民、土には肥料をやる、虫には殺虫剤を使う、草には除草剤を使う。で、市民の人の反応っていうのはいいんですけど、あっ、土ってこんなになってんだ、なんてね。スコップでザクって掘って、だいたい耕土層と全部を押してみたりして、土の実態が全部分かる。で、虫がいない畑って寂しいよね。草ってちゃんと仕事してんだ、そういう市民が持っている感性というのは、農村にちゃんと入ってないとダメだろうと。

で、農民が失ってきたものをどう取り戻すのか。あと、市民の新しい感性がアグロエコロジーを想像できるのではないか。農に挑む若者たちは従来の農の民ではないと思います。地域の創造者だと思います。すみませんでした、はい。

◆近藤さん

この度、埼玉から農村を目指してやってきた近藤匠と申します。私がなぜ、農村を目指したか。そして実際に農村に来て、何を感じているか、手短にお話させていただきます。

「青年は農村をめざす」、我々あだたら食農school farmの謳い文句です。どこかで聞いたことのある文言ですけれども、私は大変気に入っております。ところで、私がなぜ、農村を目指したか。そして農村へやってきて何を感じたか、お話させていただきます。

日本の農業、農政が何年も前から破綻寸前だと言われているようですけれども、とうにそれらは破綻しているものと僕は感じます。学校で勉強をしてこなかった私でも分かることです。

日本国内における野菜自給率は8割程と言われていますが、では大元の種子はどれくらいだと考えると、たった1割と言われております。たった1割ということは、実質、国外に依存しているのではないかなと感じました。そして国外では安全性の問題で使用できない薬品が日本では平気で売られている。ホームセンターで山積みになっているのも見かけます。日本の農地が捨て場になってはいないかと思いました。

賛否ありますけれども、雄性不稔の母本を用いたF1の種ですね、ちょっと補足ですけれども、F1自体を否定しているわけではないんですけれども、F1を作る栽培方法、工程にちょっと疑問を感じています。

そして農家の倒産、廃業、担い手不足等、あげればきりのない問題がある日、突然押し寄せてきました。これが4年前なんですけれども、居ても立っても居られずに、スコップ片手に農業を始めました。知識も経験も機械も何もない素人です。で、素人なりに2年、3年農業をしていくうちに、新規就農をしたいと思うようになったんですが、私のいた埼玉県某所では慣行栽培でなければ農業者として認められないということがありました。肥料、農薬を使用せず、固定種を自家採種し、栽培する方法を行っていた私は、その新規就農の条件に該当できませんでした。

農業を諦めかけていた私に声を掛けて下さったのが、隣に座っている根本敏さんでした。本当におあつらえ向きとはこのことで、生まれ故郷である福島で農業をして、福島に恩返しができると確信し、農村をめざすことにしました。

ですが、期待を胸に農村にやってきた私は衝撃を受けました。今まで日本の農業を支えてきたはずの農村。中山間地。担い手のいない家、屋敷はいたみ、畑が野山に帰り、水田は工業用地となっていました。これは目の前で実際に起こっていることでした。まるで農村の「助けて」という声が聞こえてくるようでした。

私は農村の担い手となるとともに、これから農村をめざしてやってくるであろう青年達の舞台作りをしようと心に決めました。

ちっぽけな私一人の行動では何も変わらないかも知れません。ですが、私は行動します。これからの農村、これからの日本のために。ご清聴、ありがとうございました。

◆市村さん

ありがとうございました。元気が出るようなお話を聞いて嬉しいかぎりです。続きまして、大阪の羽曳野市で農業をやっていらっしゃいます川崎さんにお話をいただきます。

◆川崎さん

はい、よろしくお願いします。それでは始めさせていただきます。大阪府の羽曳野市で農業をしています七彩ファームの川崎佑子と申します。よろしくお願いします。

羽曳野市というところは、大阪市内から20キロ以内に位置する、大阪でいうと南東部、奈良県と接している都市部になります。で、本当に私が借りているところは山が近くにはなく、全部平地というところなんですけれども、そういう都市農業から、女性新規就農者の視点からちょっと今日はお話させてもらいたいと思います。

まず自己紹介なんですけれども、ちょっとすみません。皆さんにある資料にはですね、大阪府の羽曳野市出身と書かれていたんですれども、枚方市というところの出身です。枚方市というのは大阪の北部にあります。京都と接している市になります。で、もともとですね、普通に実家は農家とかというわけじゃまったくなく、農業とは無縁の環境で育ったんですけれども、大学4年制の教育学部へ行って、普通に会社員をやりまして、20代の終わりに、やっぱり農業に興味があってですね、会社員を辞めて、大阪府の農業大学校というところに入りました。で、卒業したのち、5年ほど農業法人で働いて、そして2019年の4月に独立して、現在6年目になります。3月で丸6年が過ぎて4月から7年目に入るというような状況です。

今ですね、大阪の羽曳野市というところでやっているんですけれども、面積的には1.5haぐらいやっています。ただすべて借地です。地区的には2地区にまたがって、クルマで10分以内ですべて回れるというようなところです。大阪は実はいちじくの生産量が全国で第3位という、多くてですね、この羽曳野市は特に大阪府内でも一番、いちじくの生産量が多い市でして、せっかく羽曳野で就農するというようなことになったので、地元の特産品であるいちじくをメインに、そのほか、野菜もちょっと作っているというような感じです。羽曳野はですね、JAさんとかが共同出荷して選果して出してもらうというような仕組みはありませんで、すべて自分で作ったものは、自分で売り先を見つけて販売していくというような形になります。そのほか、住んでいる人がやっぱり近くに多いので、畑で農業イベントというものを開催しています。

都市近郊農業というのは、本当に中山間地と、先ほどお話を聞いていたんですけれども、条件というのがまったく違うなというのが、やってみて感じた印象です。まず農地というのはすべて市街化調整区域と呼ばれる区域になっていまして、その中でも、私が借りている畑は一部生産緑地になっている畑もあります。で、一昨年ぐらいから、地域計画というものを羽曳野市でも順次、立てていっている状況でして、私が所属している2地区でも立てたんですけども、これはどこも同じことで、後継者がいないという地権者がすごく多いです。市街化調整区域と呼ばれるところは簡単には転用というのがなかなかできないんですけれども、ただ条件によったら転用は大規模で出来ますよという可能性がある地域もありまして、一箇所はそういう地区になっていまして、そもそも地主さんから、畑を返してほしいというような可能性と隣り合わせになりながら農業をしているという状況です。

あとは農地の条件がいいとは言えないっていうのが、もう一つの特徴だと思います。専業農家さんが、ウチの借りている2地区ともにほぼいないという状況でして、要は地区全体の農地面積がそれぞれ20haぐらいしかありません。なのに地権者が100名以上いるという状態でして、しかも地権者の方は地元の方ではなくて、他所に住んでおられる方というのもすごく多くて、農業をするために農地を持っているっていう地権者さんはすごく少ないという状況です。そんな中、地権者さんがすごく多いので、1筆がすごく狭くて、私、1.5haぐらい借りているんですけれども、筆数で言うと20筆ぐらいに分かれていて、地主さんは7人ぐらいから借りているというような状況です。川が近くにあるので、水源には困らないんですけど、パイプラインは通っていないという状況です。あとは本当、道に接道していない奥の畑になって、区画整備も困難というような状況なので、本当に新規就農者が農業で生計を立てていくという感じで言うと、結構、条件的には悪いなというのが特徴かなと思います。

それらの問題というのを、やっぱり私自身、6年やって来て感じたんですけれど、私個人とか地権者さん個人で、何とか出来る問題ではないなとすごく感じました。とはいえ、その中で農業を私自身、継続していくために、どういうことが必要かなと思うと、やっぱり所得をあげるっていうのが、まず継続していくには、絶対条件として必要だなと思っています。所得をあげるためには、ハード面、ソフト面、どちらも整っていないと難しいので、新規就農の人はいかにここを早く整えることができるかっていうのが大事だなと思っています。

もう一つは、やっぱりそもそも農地を借りているんですけど、そこをずっと借り受けるという、もしくは購入するということだと思うんですけども、所有していないと農業自体、継続できないっていうのが、問題になってきています。たださっきも述べましたけれども、やっぱりそれぞれが単独でどうにかしたいという思いがあっても、それを維持するのはなかなか難しいなと思っています。これから私たちの地区では地域計画というものを立てて、地権者の方と担い手の方と行政というのが、そこで初めて一堂に集まったという状況ですので、これからどうしていくのかという話し合いをしたんですけど、なかなか4回の話し合いでは決まっていてなくて、今後どうすればいいのかなというのを、皆ちょっと、それぞれ考えているようなところという感じです。で、私自身がやっぱり新規就農で生き残っていかないといけないなと思って、力を入れている取り組みをちょっと紹介させてもらおうと思います。

まずは農業ボランティアの受け入れというものをしています。羽曳野市なので、大阪は都市部に近いので、やっぱり人がたくさん近くにいるというのがすごく強みだなと思っています。なので、まずは働くにはすごくハードルが高いけども、ちょっと農業に触れてみたいという意識を持っている方がすごく多いなという印象を受けまして、ボランティアというものを受け入れてみようと思って、SNSでちょっと書き込みをしたところ、2023年、一昨年ですね、年間延べ280名の方にお手伝いに来てもらいました。本当にお手伝いの方のために作業を用意しているというのではなくて、普段、私たちがやっている収穫、出荷調整であったり、例えば肥料を撒くとかですね、定植するとか、そういう●●な作業を手伝ってもらっています。で、そこからボランティアをしていただいて、ずっとリピートしてもらって、お互いに状況が合致したという方には、パートさんになってもらって、いっしょに、今度は働いてもらっているというような状況です。

もう一つはですね、やっぱり私一人で続けていくというのは、なかなか難しいので、地域でやっている若手農家ですね、あとは親元就農というか代々農家さんでやっていますっていう、30代40代が中心なんですけれども、そういうメンバーでグループを組んで、色々やっています。やはり一人ひとりが単独で何かをやるっていうのは、なかなか難しいっていうのが実情なので、人手を共有したりとかですね、例えばハウスの張替えを今日やりたいので、皆手伝いに来てほしいって言ったら、そこへ皆で行って手伝う。あとは機械を共同で購入して皆で使うとか、そういうことをやっています。

で、今では8農家10名が所属しているんですけれども、すごく面白いのは、新規就農者というのがその中で7名で、親元就農の人は1人、でしかも男女比が5対5というのは、かなり特殊なグループなんじゃないかなと思います。そのメンバーでどういうことをほかにやっているかと言うと、毎月1回なんですけども、羽曳野市内の主要駅前でマルシェを開催して、それぞれの自農園でのお客さんの引き込みをして、売上をアップさせる。自農園で直売所をやっているという農家が多いので、そこにお客さんを誘導するっていうような取り組みであったりとか、グループのメンバーでクラウドファンディングを行なって、羽曳野の特産品であるいちじくを地元の小学生に食べてもらいたい。20年後のお客さんを今、つないでおきたいっていうことで全員にいちじくを寄贈する。それを自分たちだけでやるんではなくて、そういうプロジェクトに賛同してくれた方に支援を募って、クラウドファンディングでいっしょにやっていくと、そういうような取り組みを主体としています。

なので、本当に何も分からない状況で新規就農で入るっていうのよりも、こういうグループがあって、ここにだったら、新規就農をしても、何とか仲間がいて、やっていけそう、っていうような土台がこのグループで作れればなあという思いでやっているというような状況です。はい、以上になります。ご清聴、ありがとうございました。

◆市村さん

川崎さん、ありがとうございました。都市農業の話を聞く機会も少なく、また、女性農業者としても活躍されている話を聞くことも少なかったと思います。大変、貴重なお話でした。

続いて、都市農業とは真逆の、中山間地域で旧町全体を1つの農場という形で農事組合法人を作って活動されている八頭船岡農場の組合長の鎌谷さんにお話をいただきたいと思います。

◆鎌谷さん

はい、皆さん、こんにちは。只今、紹介をしていただきました、八頭船岡農場の組合長をしております鎌谷と言います。実は旧町村単位でですね、農事組合法人を作っているんですけれども、少し、農業だけではなしに、農村の存続、担い手ということも含めて、集落の話をおもに今回、したいというふうに思っております。その中で時間があればですね、集落営農法人の話も少し補足でいければという感じです。

初めに、農を担うのは誰かという、結論的に僕が考えているのは、これは消費者ですと。2001年の頃から食と農は消費者の問題ですよと言い続けてきたんですけども、はっきり消費者、先ほど国民皆百姓という話があったんですけども、本当に自分たちが主体的にどう守っていくかということを考えていかなきゃいけない時代ではないかと思っております。

今、言いましたように、旧町単位の農事組合法人と集落との関係ということでですね、私の中では集落、それから旧町ですね、合併して今は八頭町になっておりますけども、もしくは郡、鳥取県、日本。守るべきふるさとの範囲を設定して、どのレベルで取り組みをしていくかということが、ここ20年の課題だということでですね、話のキーワードは、集落営農、直接支払、色々書いておりますけども、こういったことを考えながら進めていると。今回、中四国農政局長をもらったんで、その時の講演の話を中心に報告したいと思います。

一応、この地域は下町水土里会という環境保全の組織なんですけども、下町集落の中で、ここが組活のエリアですね。ここの中で活動をしております。で、八頭町というのは、鳥取県の中で船岡町、八頭町、郡家町が合併して現在の八頭町になっております。この船岡町が一つの集落営農法人の管内ということで取り組みをしておるんですけども、船岡町の特徴についてはですね、八頭町はフルーツの里と言われるぐらい花御所とか20世紀が有名なんですけども、船岡でも今、天美卵という卵やエリンギなどが有名ですし、なおかつ江戸時代は八東川とかですね、流域から米を集めて鳥取まで送っていたという拠点があったところでも有名であります。

集落のトピックスと書いておりますが、だいたい400年ほど前から3年に1度は春の御幸祭という形で、壮年の神輿と若者の榊が一日中、村中を練り歩いて、最後は境内で3回、ぶつかり合うという、かなり戦闘的な祭りですけど、こういったことが続いておりまして、ぜひ関係人口を含めて、どう存続するかというのが、一つの課題ですね。

もう一つは因伯牛、一番最初に気高号が全国の改良のもとになったんですけども、因伯牛の発祥の地ということですね、この辺に牛の市場があったということが少し誇りと言いますか、一つの思いであります。

これ一応、集落のいわゆる今の多面的支払機能の管轄の中で、こういった国道53号、因美線、若桜線を利用しようということで見てもいいんじゃないかと思うんですけども、ここをやっております。その中に2023年には、自然共生サイト、4つこの船岡町でやっておりますが、1つが自然共生サイトということで認められていると。

この下町水土里会の生い立ちについてですね、ちょうど集落営農の議論がありました。2006年、この頃ですね、集落営農法人を作って、担い手に集めると。そうなったときに、畦草や水利のおもりを誰がするんだということがありましてですね、国策的にも農地・水保全管理組合を設立してですね、やらなきゃいけないんじゃないかという話がありましてですね、当時、集落の中で10回ぐらいプロジェクトをやって、06年の12月ですか、臨時総会で一応、集落営農法人を作る。それから2月には、今の多面的組織を作るという形にしております。

集落の法人についてはですね、同じやり方をやっていけば、旧町単位、あるいは町単位でできるのではないかと思っておりましたので、2008年に下町の農業の実績を踏まえてですね、旧町全集落の取り組みを実施しております。実際は、経営システムはアンケート、座談会は同じような形でやっていけばいけばいいんじゃないかということでですね、農協の理事会に出させてもらって、34集落ありますけれども、全部に農業組合法人を作っていくんでやりました。ただ1個しか出来なかったので、次の年には管内に1つ作って、それに皆、入っていただくという方式に変えました。理念は同じことでですね、集落1農場とか耕作放棄地ゼロ、こういった形での理念で進めております。

で、さっきも紹介いただきました旧船岡町の農業法人の特徴ということで書いてありますけども、水土里会はこのエリアです。旧町全体のエリアはこの旧船岡町になるんですが、赤い枠この中で実際、76%を集積して270ha。内、中山間地直接支払はですね、個別協定で117ha、それから多面的活動、集落で出来るところは集落でしておりますけれども、出来ない集落は全部まとめて広域協定でやっております。今、農家は約700名弱ですけれども、79%が今、この法人に参加しております。

それから常勤役職員、職員17名と常勤役員ということで約20名でやっております。営農分野についてはですね、食用米が134ha、それから飼料米13ha、飼料米SGSが44ha、その他飼料作物ということで、飼料作物全体で68haになります。

野菜部門については、キャベツと白ネギを中心にやっております。ただ、その他にですね、有機部門を作っておりまして、有機部門は有機大豆、白ネギ、イチゴです。

それから、林産について、山も守らにゃいけんということで、原木シイタケ、4年目で原木が6000本、それから耕畜連携がありまして、成牛24頭で、子牛が14頭ほど飼っておるのが、耕畜の集落営農法人です。

集落営農法人で、今、地域計画をやっていますけれども、どの田んぼも全部守るということを言っておるんですけれども、ただ、その法人だけでは農村が守っていけるのかどうかということになってくるとですね、やはり問題だと思っていまして、各集落でどれだけ主体的な活動や取り組みができるかということにかかっているのではないか。で、私の集落をみるとですね、実行組合、これは集落のいわゆる水土里会という組織を構成している団体です。子供会を入れたり、それから老人クラブを入れたりしてですね、いわゆる農地と水を守ると同時に、交流事業とか、体験交流、自然観察とかをやっているというのが実態です。

これが水利組合の泥除けですね。それから実行組合の畔草刈り。月1回の統一行動というのを設定しておりまして、参加は自由なんですけども、ため池の斜面とか泥上げとか、暴風雨で倒れた杉の伐採とかですね、耕作放棄地の草刈りとか、沿線の農道の草刈りなんかをやっています。農家がなくなって放置されとった作業小屋の撤去ということもやっております。自治会なんかの活動もやっております。

新しく5年まえから取り組んでいるのが維持活動で、実行組合の女性部ということで、婆さん方を組織してですね、ここに大豆を植えて草取りをする。それから同時に出来たものは福祉施設等の交流に使うという形をしております。

地域農業の担い手の育成・確保ということについては、この集落のほとんど全部がいわゆる船岡下町農場を設定しておりますけども、集積圃場のだいたい半分が農場の直営、職員がやったりですね、地権者でない農家がやったりする農地になっておりまして、あとの半分が地権者が構成員として農業をしていると。水稲、飼料稲、それから有機JASの、米が3haぐらいあります。ねぎと大豆も1.7ha、その他、こういったものがあります。それから裏作として、小麦が7.5haあります。こういった状況ですね。

で、長寿命については、非農家の若手と言いますか、自警団がありますので、農家だけじゃなしに、非農家の若手に出てもらって、とにかく田んぼと接する機会を作るということも含めて、こういった作業で、小遣いにもなりますし、やってくれよということで今、やっております。

それから、これは学生。地域起こし協力隊員と環境大学がありますので、保全活動として水落としをやって、ウシガエル、これはオタマジャクシなんですけども、これを全部とりあげると。あとはコウノトリが来たりしております。コウノトリもここの田んぼはちょっと荒れておりますけれども、有機米を作っておりまして、ここにドジョウもおりますので。これは生き物調査をやっているところですね。クロゲンゴロウとかタガメとか、絶滅危惧種の生物も見られます。これはちょうど3、4年前からですね、有機の米に取り組んだ頃から、コウノトリが来るようになりまして、いつも来ているわけではないですけれども、10羽来たりですね、多数のコウノトリが来たり、中には有機のねぎ畑に飛んで来たりして、飛んで来てもらっても困るんですけども、そういった状況があります。

環境保全型農業と自然共生サイトという形で、この全体的な管理の中で、自然共生サイトを4つの中の1つを認定してもらっているんですけども、ここの有機米とねぎとそれから大豆を作っております。それと同時にですね、子供たちとの体験農園とか、消費者の体験農園なんかもやっています。

介護・福祉施設との交流という形でですね、先ほど婆さん方に作っていただいた大豆、枝豆を昔取った杵柄で施設の婆さんなんかや爺さんなんかにぼじってもらうというようなことなり、施設の障害ある子供たちにさつま芋ほり体験交流とかというようなことをしています。

これは集落の実行女性部と子供会との交流活動です。上では婆さんと若い嫁さんと子供、あるいは誰でもこだわらず交流をしているということです。

これは消費者グループ等との田植・稲刈体験交流の状況です。平成23年から平成28年まで、大震災の後、モチ米を持って5年間通ったですけれども、仮設住宅がなくなって中断しておりましたけども、田植自体は体験交流ということで、ずっとやっております。

保育園、幼稚園の交流もですね、地元の保育園はずっと、10何年やっているんですけれども、3年ほど前から市外から体験させてくれということで、市外の2つの幼稚園が来ております。こういった形ですね。これも田植の前に来て遊びたいということで、よく代かきをやっていただきましてですね、この田んぼはわりかし草が生えないし、無農薬でやっております。

それから、これは稲刈の状況。それからこれが環境教育の状況ですね。これは有機農業や環境保全の関係の取り組みで、学生に来てやっていただいたり、だいたい350人ぐらいは面倒をみていますし、老人クラブはモチ米を作って能登へ送るということでやっている状況ですね。これは実際、500個のモチを持ったり、2俵のモチ米を持って支援に行っております。

それからシイタケの関係では伐採とそれから玉切りと植菌、それから収穫をやっているところです。こういう地域の農業では、耕畜連携で堆肥、それからドローンの防除とか、あるいはバイオマス発電の消化液を水田と白ねぎに散布しております。

これは月1回の広報活動ですね。ということで、課題と今後の取り組みについては、とにかく自分たちの水田や景観、集落を守るということを基本にして活動するしかないと。

時間がありませんのでやめますけれども、最初に言いましたような、消費者であるということはですね、本当にいよいよこれから考えて、出資、企業設立、共同経営、こういったものをいかにちゃんと、消費者と現場とやっていくのかが大事になってくるのではないかと思っております。以上で終わりますけれども、夕焼け小焼けの朝焼け。この中でいっしょに働くのはひじょうに良いのでないかとことで、最後にあげさせていただきました。ありがとうございました。

◆市村さん

ありがとうございました。中山間地域の大変さが伝わりました。最後に、有機農業の担い手を作る取り組みを進めておられますJAやさと有機栽培部の田中さんからお話をお願いします。

◆田中さん

はい、こんにちは。JAやさと有機栽培部会の部会長をやっております田中と申します。

私ども、このやさと有機栽培部会はどこにありますかと言うと、茨城県の石岡市というところにありまして、東京から見ると、筑波山の反対側ですね。が石岡市になっております。まず、簡単に私の自己紹介から進めたいと思うんですが、私も新規就農者でして、もともとはIT系の企業で営業とか新規事業開発というのをやっていました。そういう経歴からか分からないですけど、最近、ぜんぜん農家にみてもらえないという悲しみはあるんですけれども、ちゃんと農業をやっています。

きっかけは2011年3月にですね、石岡市八郷地区へ家族で移住っているんですが、JAやさとがやっている、このあと説明しますけど、ゆめファームという研修制度がございまして、そこに応募して就農したという経緯があります。来て早々ですね、今でも覚えているんですけれども、3月4日に引越して来たんですが、その一週間後に東日本大震災がありまして、福島の第二原発が厳しいことになりまして、ふと気付くとですね、周りに農家が誰もいないんですね。どうしたんだろうなと思っていて、当時、ラジオしか聴けなかったんですね。スマホもなかったので、手回しラジオで状況を聴いていたりしたんですけど、ぜんぜん分からなかったんですが、農協の職員が来て、田中さん何で外にいるのという話になってですね、原発事故があったよということで、周りの有機農家はもう避難しているよという話を聞いていて、どうなるのかなと思っていたんですが、色々あって、4月からゆめファームの研修をやることができるようになりました。

その後、2年掛けて卒業しまして、約8反歩で独立しまして、2017年より役員を仰せつかって、今に至るということで、私で4代目の部会長になります。私の経営面積なんですが、畑としては約3ha、田んぼは4反歩、全部、有機JASを取得しております。作っているものはお米ですとかきゅうり、小松菜、ほうれん草という形で、多品目で栽培しています。従業員は私と妻とフルタイムパート1名、アルバイト2名でやっております。

では、ここから有機栽培部会の説明をしていきたいと思います。私ども有機栽培部会はどういう経緯からあるかと言うと、JAやさとというのが石岡市の中の八郷地区というところにあります。この八郷地区がですね、三方を山に囲まれた地域で、傾斜地が多い地域なんですね。畑一枚あたりがひじょうに小さいという特徴を持っていまして、そのため、昔から農業が発展しにくい地域だったんですね。なので、メインでやっている作物は、最初は桑畑から始まっています。桑を切って何したかと言うと、次にたばこを植えたんですね。たばこは確か、日本全国で過去2位だったと思います。それでやって来たんですが、それでもなかなか厳しくなって来たんで、今度、果樹に移って行ったんですね。なので、今でもぶどうですとか、かき、なしというのが盛んに行われています。最近ちょっと、なしが減って来てしまったんですけども。そういった取り組みの中で、野菜というのも作っている人もいっぱいいましたし、卵を生産している生産者や畜産をやっている生産者もたくさんいたんですが、こういった生産者たちと、八郷で何かもっと物を売っていけないかという取り組みの中から、東都生協さんというところと1976年に出会いまして、産直事業というのをスタートいたしました。

そこでは最初に卵ですね、の取引から始まって、それから生しいたけなど、取引が拡大して行きました。1995年にですね、やさとグリーンボックスというものを生協さんと共同で始めまして、これが最初、大ヒットしたんですが、これは八郷の野菜を何でも詰めて送ります、という感じだったんですけど、これが2年ぐらいしたら飽きて来られたりですとか、特にやさとの野菜以外の特徴が無かったんですね。あと、農家の人数がいっぱいはいるんですけど、種類が無いんですね。小松菜が4週連続で届くとか、大根ばっかり行くとか、作りやすいものばかり行っちゃうみたいなのがあって、なかなか厳しいよね、っていうことがあったんですが、その生協さんと協議していく中で、有機野菜というのが世間では注目されているらしいと。東都生協としても、有機野菜を取り扱っていきたいと。やさとさんやりませんか、というお声がけをいただいて、地元の生産者を中心に、生産者7名で部会を設立いたしました。

これは農協の柴山さんという方が指導員としていまして、農協職員の方がお声がけして、夜な夜な勉強会をやりつつ、これなら出来るんじゃないかということでスタートしたんですが、有機農業に関する知識がほぼ無い状態でスタートしましたので、野菜が出来ないですね。野菜が出来ないという状況をずっと繰り返しながら、色んなところから情報を仕入れたり、産地見学に行かせていただいたりしながら、今現在はですね、32軒まで生産者は増加しております。

組織の構造なんですが、JAやさとは、産直に特化した農協に今ではもう変わってしまいまして、市場に出荷するものはほとんど無いんですね。ほぼ産直でさばいています。野菜部会ですとか、施設園芸部会、あとキウイフルーツですね。これは全部、慣行農家さんなんですが、そこの隣に有機栽培部会がいる形で、その上に野菜果物産直協議会というものを作っています。私はこの野菜果物産直協議会の副会長をやりつつ、有機栽培部会の部会長と。この有機栽培部会の下に、販売部、栽培部、広報部というのがありまして、これは全部、農家で構成しております。では次のページをお願いします。

土づくりが最も重要ということで、私ども地域から出てくる鶏卵堆肥ですとか養豚堆肥、牛糞堆肥、あと落ち葉、稲わらなんかも豊富に手に入りますので、そういったものを使って皆で土づくりをしようということでやっております。この次のページへ行っていただいて。

私ども、有機栽培部会の方針というのが、「よりおいしい、より健康な、より豊かな食卓をお届けします!」、これをミッションに掲げてっていうことなんですが、一番、大事にしているのが、お客さんを大事にするというのはもちろんなんですけど、生産規模が小さい農家も大きい農家も専業で食べていける部会をやろうというふうに私の代で決めまして、そういうふうな活動を進めております。

「昨日と同じ今日を迎え、よりよき明日へ」ということなんですが、これ部会の中でも評判良くて、なんでかと言うと、やっぱり有機は特にそうなんですが、去年も一昨年も暑くてですね、昨日出来た野菜が今日出来ないというのが普通に起きるんですね。そうじゃないように皆で努力しようということで、こういうスローガンでやっております。有機の条件というのは、有機JASの条件そのままにやっております。有機JASが付いた野菜という写真があるんですが、生産者カードというのがありまして、これは生協さんの取り組みでやっているものの一つですね。生産者の名前と生産地とメッセージが書いてあります。では次のページをお願いします。

有機栽培部会内での消費者ニーズと生産マッチングと書いてあるんですが、何をしているかと言うと、生産者を中心にやっているんですが、おもにまず販売部の方でお客さんからの情報をヒアリングしています。で、今どういう野菜が引き合いが多いとかですね、というのを情報を取っています。もちろんJAの方でも情報を取っているんですが、これは内部的な話をしていくと、やっぱりJAはですね、ご多分に漏れず、最近やっぱり元気がないというか、やっぱり職員の確保も大変になってきまして、生産者が中心でやる頻度が多くなって来まして、それが今、ちょうど上手い感じで回っているかなと思います。なので今、生産者がほぼ中心にやっていますね。

で、販売部で得た情報を部会内で共有しまして、栽培計画を年に2回、生産者全員に出していただいています。で、週単位で出荷品目、出荷量を決定し、そこに向かって栽培をしていただくと。消費者の声が生産者に届く仕組みというところで、生産者カードもそうなんですが、定期的にアンケートを取らせていただいて、お客様からのお声をいただいております。この出荷計画というのがひじょうに大事でして、出荷7か月前から計画を皆で作ってもらって、それを元に商談、提案して、またさらに見直しして、またもう一回、計画を作るというのを繰り返している段階ですね。これを今日から新人として入った生産者にもやってもらいます。もちろんアドバイスしながらですけど、1農家としてやっていただくということで、この計画出荷というのを大事にしております。

次のページを開いていただいて、これは私どもの売上の推移なんですが、円が入っていないので、単位が入っていないので、さっぱり分からないんですが、最初、たぶん1千万も行かないぐらいからスタートしています、生産者7名で。現在が約1億9千万まで行っております。伸びて行っているんですが、この2010年、2011年は顕著に下がって行っているんですが、まず2010年に何があったかというと、実は干ばつがあったんです。真夏に暑くて野菜が出来ないということがありました。3か月ぐらいほとんど雨が降らなかったんですね。で、売上が落ちゃいました。2011年がまさに震災ですね。頑張って作り直して、野菜をいっぱい作ったんですが、やっぱりどうしても野菜の売上が伸び悩んだということですね。

その次の年から生協さんを巻き込んで、色んなやりとりを始めました。「皮ごと丸ごと有機野菜」というのを東都生協さんでやっていただいたり、あとパルシステムさんですとかよつ葉生協さんというところを巻き込んでですね、商品の販路というのを強化して行きました。その結果、売上は順調に伸びていったというような形ですね。はい、では次のページ。

売上を伸ばすにあたって、私どもの有機栽培部会が出来たときからの課題だったんですが、農業者がどんどん減っていくというのはもう、見て分かっていました。1997年のときから、もうどんどん減っていくと。で、慣行農家の人に有機農業やらないって言っても、まあやらないんですよね。よく分からないですし、野菜出来るとも限らないので。じゃあどうしようと考えて、都会から人を引っ張ってこようということで、有機農業専用の圃場を作っていこうということで研修圃場を作りました。次のページですね。

ゆめファームやさとというのが最初に出来まして、これはJAやさとが設立いたしました。条件としては、夫婦で応募することが条件です。その後、私どもの部会に所属していただくことを条件にはしているんですが、どうしても嫌だと言う場合にはしょうがないですね。独立してやっても結構ですけども、基本的には来ていただきたいと思っています。

栽培から販売まで、すべて研修生にはやっていただきます。ただいきなり、昨日まで土も触ったことがないし、鍬を持ったことがないし、種も播いたことが無いと言う人たちにやらせるのは酷なので、私ども生産部会から指導農家を付けます。この指導農家も新規就農者です。その新規就農者が生活面のアドバイスも含めてやります。例えば、それこそスーパーはどこにありますからとか、保育所の申し込みとか、送り迎えとか、そういうところのアドバイスとか、お手伝い、お手伝いとうわけじゃないですけど、いっしょにやったりすることもあります。

私どもの研修方法はもう一個、大きな特徴がありまして、誰かのところに弟子入りするような内容ではありません。この研修圃場で研修生だけで研修を受けていただきます。で、指導農家のところにはどうしているかと言うと、研修生が指導農家のところに週一回、訪問して、そこでだいたい半日ぐらい作業をお手伝いしながら、一週間の振り返りをしたり、翌週のことを決めると。それを持ち帰っていただいて、研修圃場で実践してもらうという形でやっております。毎年、1家族を受け入れまして、2年間行なった後、地域の担い手として送り出すということをやっております。この研修施設は、ゆめファームが1999年から始まりまして、朝日里山は石岡市が同じ仕組みでやっているんですが、これは2017年からスタートしております。両方とも私どもの生産部会から指導農家を付けております。

私どもの部会に入っていただく条件は、ここを出ることではないんですど、基本的には有機JAS認証を取っていただくというのを条件にしております。また部会としては、専業でやっていただきたいと思っています。ただ兼業でも致し方ない部分もあるんですが、なぜ専業にこだわっているかと言うと、やっぱり忙しいというのもありますし、他のことをやりながらだと、どうしても疎かになりやすいので、特に新しく農業を始める方はですね、農業に専任にしていただいた方がいいと思うので、これだけでやってくださいと言っています。次のページですね。

これは研修施設です。畑が約1.8haありまして、3間のハウスが2棟、作業場が2か所あります。これは毎年、1年ずつ受け入れて行くので、同時にこの研修圃場には2組の研修生がいる形になるので、2個ずつあるという形ですね。次のページが、これは2017年から石岡市が同じ形で始めた施設ですね。これも同じぐらいの面積で、同じぐらいの規模でやっております。では次のページですね。

ここは後で見ておいていただければと思うんですが、100%ですということで、次ですね。

具体的な指導内容は何をやっているかと言うと、有機農業に必要な道具や資材の説明ももちろんするんですが、まずは言葉ですね。単語の認識をちょっと合わせなければいけないので、一畝、二畝とか反、町とか。1haだの1aだのとか始まって、播種期とか条間とか株間とか、そういう本当に細かいことから認識をちょっと合わせていかないと、言っていることとやっていることが、実はちょっとズレてっちゃうことがあるので、そこの認識はしっかり合わせます。

その上で、この資材は必要なので買ってください、という話をします。今、買ってくださいって言ったんですが、どういうことかと言うと、研修圃場は物は用意しているんですが、使う道具というのは、卒業してからも使える物に関しては、研修圃場では用意していません。自分で最初から買っていただきます。

その代わり研修費は月、一応1万円というルールはあるんですが、研修費は研修生からもらっていません。どこから手に入れているかと言うと、研修生が出荷したお金から維持費をいただくんですが、それもほぼほぼ、いきなり来て、野菜が出来ることもないので、なかなか厳しいんですが、やっております。そこからトラクターのメンテナンス費用とかハウスの立替費用とかも出してますんで、なかなかそういう形ですね。

 研修内ではそのトラクターの使い方もやります。苗も種播きから全部やっていただくので、夏野菜も苗から作っていただくと。で、出荷規格を説明して、必要な道具を準備して、播種して、収穫、調整、袋詰め、出荷。で、集荷場というところに野菜を全部集めていますので、集荷場の説明までやってという形でやります。1年目は覚えることがいっぱいあるんですね。2年目からは独立に向けて準備していただくという形になります。では次のページをお願いします。

これは防虫ネットですね、1年目はなかなか厳しいんですが、卒業までにはこのレベルで張ってもらえるように努力するように言っています。次ですね。

 これは太陽熱消毒なんですが、これも卒業するまでにはしっかりトラクターで張れるように指導します。次のページですね。

これは長ねぎの栽培なんですが、やはり有機農業、草取りが大変なので、マルチを使った栽培というのも教えて、こういうふうに労働時間を減らすような取り組みというのもしっかり教えていくというのをやっております。

その先から、子ども食堂への食材提供とか、ちょっと部会の活動にはなっていくんですが、ここで担い手になっていただいて、部会に所属していただいたあとはですね、この販売部とか、栽培部とか、広報部に入っていただいて、部会のためにしっかりやっていただくと。その代わり部会は、所属する生産者の方に色々な支援をしていく。販売先を提供するというのもそうなんですが、例えばマルチの廃棄費用ですね、これ、一部出してあげたりもしています。

これからやって行こうと思っているのですが、農家がやりにくいところで、栽培管理の情報の管理とかですね、そういうところのDXっていうのも、部会の方で提供していこうというふうに思っております。そういう形で、部会が生産者とともに歩みながら、その部会を作るのも生産者でやっていくということで、頑張って生産者を増やしていきたいなというふうに思っております。ではもう時間なので、ご清聴ありがとうございました。

◆市村さん

ありがとうございました。私も実は八郷に田んぼを借りて仲間といっしょに2反ほど有機で田んぼを作っていて、周りも有機農業をやっている人が多いです。やはり、こうしたJAやさとの取り組みが根付いていると思います。