新しい食料・農業・農村基本計画に対する提言(2025.2.21)

家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)は、2025年1月22日に公開された「食料・農業・農村基本計画骨子案」を踏まえ、その本計画化に際して下記の意見を配慮されるように要請します。
1.家族農業をめぐる国際的な潮流を尊重し、それに対応する仕組みを整備すること。国連が決議した「家族農業の10年」「小農の権利宣言」「食への権利」の理念を新基本計画に位置づける。特に、国連家族農業の10年は残すところ4年に迫りつつある。その目標達成に貢献するためにも、「世界行動計画」の枠組みに沿った「国内行動計画」の策定とその強力な推進を強く求める。
2.家族農林業の果たしている役割の重要性と位置づけを新しい「食料・農業・農村基本計画」(以下、新基本計画)に明記すること。家族経営の農林漁業が果たしている重要な役割を再評価し、新基本計画に家族農林漁業への支援を明確に位置づける。日本では「多様な担い手」の大部分はいぜんとして家族経営である。この家族経営の存続が安定した農村地域社会の存続条件であることに鑑みて、農業担い手政策の支援対象のみならず、農村地域政策の柱としても位置づける。骨子案とそれを前提にした2025年度予算は法人経営体が突出した構成となっており、「多様な担い手」を内実化させ、農業と農村の担い手として育てていく視点がない。
3.食料を「コモンズ」と位置づけ、その担い手である家族農業の経済的再生産と農業就業者の確保を担保するために、合理的な価格政策(費用の価格転嫁、不足払い)と直接支払制度(所得保障)を適切に組み合わせること。食農システムの段階ごとに費用を積算する「合理的な価格形成」では家族農業が不利な立場に置かれる可能性を否定できず、その経済的再生産を担保できる水準の価格形成には結びつきにくい。またすべての段階の費用を積算すると、消費者の購買能力を超える水準となる可能性が否定できない。したがって、「合理的な価格形成」に多くを期待することはできない。そこで価格政策としての不足払い制度の創設に加えて、農地と家畜に対する直接支払制度(規模と逆進的な中小農業維持を目的とする)を早急に新設する必要がある。そのための前提として、食料をコモンズと捉える国民的合意に向けた取り組みを推進する。この観点から、環境と食の安全性に貢献する「本来的な」有機農業や自然農法など代替的な農業への転換を促すとともに、自由貿易協定をはじめとする貿易制度を見直す必要がある。
4.家族農業で働く女性、特に若手女性の実態に即した支援策を講じること。女性は基幹的農業従事者の約4割を占めているものの、その貢献は十分に可視化されておらず、またその直面する課題についても十分な対策が講じられていない。それどころか、いまだに農業・農村では伝統的なジェンダー(社会的に形成された性差)による格差や差別が存在する。このことを踏まえて、女性が生きやすく、働きやすい環境作りを支援する政策の充実を求める。例えば、女性による経営の意思決定への参画、農業と家事・育児・介護等による過重労働からの解放、妊娠・出産・産後・育児期における農作業補助などにむけた仕組みを整える必要がある。最後の点については、フランスが農業共済保険を利用する農業労働力代行サービスを古くから導入しているが、日本では公益財団法人東京都農林水産振興財団による「農業者出産・育児期支援事業」などの取り組みがあるだけで、国としての制度は導入されておらず、他産業と比べて支援体制が圧倒的に手薄である。農水省による女性活躍事業は法人経営を想定したものであり、しかも更衣室など物的な支援に限られている。その重要性を否定するものではないが、日本農業の太宗を占める家族経営の若手(女性・男性を問わない)を支援するソフトな仕組みが決定的に欠けている。女性の産休制度や男性の育児支援制度の導入には農業ヘルパー制度の導入、それに合わせた人材育成制度、スタッフ確保が必要であり、そのための財政措置を至急検討していただきたい。
5.青年農業者の育成・確保に結びつく制度を構築すること。農業就業者の高齢化が顕著に進む中、後継ぎ就農・新規参入就農を問わず、青年農業者の育成・確保が喫緊の課題であるにもかかわらず、骨子案にはこの視点が希薄である。新規就農者支援制度は度々変更されて使いにくくなった。分かりやすくて使いやすい(弾力的な運用)新規就農者制度と就農後の営農を支援する青年農業者支援制度(直接支払、営農・経営相談、各種の能力向上研修など)の導入が重要かつ緊急の課題である。青年農業者の育成には初等・中等教育から農業に親しむ機会を設け、その楽しさを体験する学びが有効だと考えられるので、文部科学省とも協議の上、農業体験・自然体験学習の必修化を目指す。骨子案で示されている食育とは明確に目的が異なるので、違う切り口からのカリキュラムを構築する。
6.「生産性の向上」や「費用対効果」の過剰なまでの強調を止め、家族農業の自律性を損なわないように配慮すること。骨子案では生産性の向上や費用対効果を強調し、その手段としてスマート技術など高度な技術の導入を想定している。無人トラクターなどは数百万円以上に費用が必要で、それに伴う農業所得の低下や多額の負債による経営悪化が起こりうる。新しい「機械化貧乏」が懸念される。またスマート農業技術は、農民がその開発に関与できないという意味で、一種の「ブラックボックス」技術であり、農民の創意工夫の余地を縮める危険性が高い。各種補助事業で、スマート農業技術の利用を条件付けるような施策は厳に戒めるべきである。必要なことは、第1に「スマート農業」のあり方を根本的に問い直し、その方向性を利用者本位に切り替えること、第2に個々バラバラの要素技術ではなく、農業者の経営的統合性と関連付けること、第3に中小規模の家族農業が求める技術革新に役立つような技術開発を重視することである。なお、ゲノム編集や遺伝子組み換えに代表されるバイテク技術の安直な利用やバイテク技術と情報通信技術の結合は健康上・社会的な安全性や環境影響が十分解明されていないので、テクノロジー推進一辺倒ではなく、それを冷静に評価する体制づくりを優先すべきである。また営農関連情報や販売情報、あるいは購買情報などビッグデータの企業利用が予想されるので、提供主体である農民や消費者の情報主権の考え方を制度として確立し、広く普及・定着させる必要がある。
7.上位の目標指標(KGI)として食農システムのサステナビリティの向上・確保を明記すること。骨子案では多くの個別重要業績評価指標(KPI)が提示されたが、肝心の食料自給率が抜け落ちてしまった。食料自給率指標には課題があるものの、国民にとっては分かりやすい指標である。またサステナビリティの理解が一面的で、環境負荷としての脱炭素対策に傾斜しすぎている。エネルギー生産性や資本生産性、さらには生物多様性・生態系についての指標、社会関連指標などを駆使する総合的な検討を盛り込む必要がある。上記6で指摘したように、骨子案は短期の経済的成果のみを追求しようとしており、サステナビリティの観点から問題が多い。世界的にも現在の産業主義的食農システムは問題が多く、サステナブルなものに転換することが求められている。今後の目標は生産性向上ではなく、永続性強化である。
8.骨子案の食料安全保障政策を全面的に直し、国産優先の姿勢を明確に示すこと。そもそも新基本法は食料安全保障に重点を置き、同法第2部の施策にも多くの項目を割いている。しかるに、骨子案では輸出が前面に出ており、「海外から稼ぐ力」のための基本計画となりかねない。しかもその担い手として、食品産業や農業法人など企業的経営が措定され、「大ロットでの輸出産地」育成に政策資源の投入が書き込まれた。こうした輸出が優先される骨子案の食料安全保障は、国民の期待する内容とは大きく異なっている。
9.備蓄政策を抜本的に見直すこと。食料安全保障には国内生産に基づく公的な備蓄が大きな役割を果たす。輸入や民間備蓄に依存することは備蓄の安定的な運用に疑問が残るにもかかわらず、公的在庫としては米しかなく、その運用も硬直的だった。ようやく「流通の目詰まり」の時に放出(実質は一時貸し出し)する方針を決めたに過ぎない。さらに「総合的な備蓄」の名の下に、備蓄概念を拡張していることは国民感覚になじまない。日本への輸送途中のものはまだしも、積み出し港のサイロにあるもの、ましてや契約栽培農地まで備蓄の中に含めているのは明らかに過剰見積もりである。強化された国内生産からの公的在庫を充実させ,その透明かつ弾力的な運用方針を示すことが食料安全保障に関する国民の安心に結びつく。
10.骨子案から抜け落ちている食料自給率目標を復活させ、国内生産の強化を担保する数値目標とロードマップを作成すること。当面2030年までに自給率50%へ近づける。その際に、輸出による自給率アップといった姑息な手法ではなく、国産国消の強化を目指すことが重要である。熱量ベースの食料自給率が40%を切るに至った根本的な理由を分析・総括し、抜本的な対策を講ずることこそが、骨子案で強調されている「構造的な転換」の本筋である。そのことは、農家数および経営体数、新規就農者数、農地の減少と耕作放棄地面積の増加、多くの作目で進む生産額の低迷などに示される「総崩れ状態」の日本農業を総括する作業とも重なる。
11.気候変動・気候危機の時代に対応できる農業政策の理念と具体的施策の展開を進めること。とくにアグロエコロジーの重要性と利点を踏まえ、農業政策の方針に据えること。骨子案でも気候変動に対する問題意識は強調されている。しかし、生育障害とか品質悪化と行った表面的な事象に関心が寄せられる一方で、炎暑の下で働く農民に対する言及は一言もない。その結果、気候変動対策は、品種開発や栽培技術のような個別的対応と、「みどりの食料システム戦略」に基づく「みどりGX推進プラン」に代表される成長路線しか打ち出されていない。これに対し、世界で広く展開されているアグロエコロジーは、気候変動対応としても重要性が増している総合的なアプローチである。アグロエコロジーを普及するための施策を講じ、レジリエンスの高い食農システムへの移行を後押しすることが求められる。その一環として農業大学校、農業大学、大学農学部、研究機関、普及所等でアグロエコロジーの研究、指導、普及、教育を推進するために予算措置を拡充するとともに、就農支援の研修を行う農家への支援も強化する。
12.安全性が懸念される農薬(ネオニコチノイド、グリホサートに限らず、ポストネオニコ系農薬も含む)、化学肥料、GMO、ゲノム編集食品、成長ホルモン剤の規制・削減、表示制度の再検討、情報開示を徹底すること。第三者認証制度に加え、参加型認証(PGS)を早期に導入する。さらに、認証を必要としない地産地消を流通の基本とすることを明確に打ち出す。
13.新基本法の「人口減少下でも地域社会を維持する」との規定(第6条)を実現するための施策を充実すること。農山漁村地域、とくに中山間地域を維持することは食の提供上も、環境維持や災害防止の面でも極めて大きな役割を持っているが、その役割を果たすには定住人口の確保が不可欠である。この点で、家族農業(林業・漁業を含む)が地域の雇用創出に重要な役割を果たしていることを認識し、政策的支援の対象に位置付けるとともに、営農意欲の減退を招いている鳥獣害対策の強化と日本型直接支払制度の拡充が必要である。同時に、医療・福祉、子育て・教育、買い物、公共交通等の生活インフラを確保する必要がある。家族経営、女性、高齢者が参加しやすい朝市や直売所、産直、産消提携、さらには小規模な6次産業化は定住条件を向上させるので、これらに対する財政的・制度的支援を強化する。ところが、中山間地域等直接支払制度の第三者委員会では集落機能強化加算の廃止が決まり、その根拠として生活支援が農水省の所管外だとする見解が示された(2023年11月)。この方針は新基本法第6条にそぐわないので撤回し、ほかの関連省庁と連携して生活支援を含めた総合的な対策を講ずることを求める。
14.農民の種子への権利を担保し、植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)1991年法への肩入れを是正すること。農民の保有する種子の権利については、開発権者の利益を過剰に保護するUPOV条約1991年法ではなく、食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR)と「国連小農の権利宣言」に則ることを基本とすることを求める。種子の開発者の権利を強化するという視点から種子政策を展開することは、種子の利用者である農民の主体性を軽視することに他ならない。ITPGR第3部第9条は、種子について農民が権利を持つことを規定している。2024年に成立した食料供給困難事態法が規定する「兆候」や「困難事態」が公表されても、増産のための種苗確保が難しい事態も想定される。種苗を確保できるように、種子法の復活と改正種苗法において規制された農民の自家採種を再度公認することが重要である。また日本政府はUPOV条約の枠組みを広げるとして東南アジアなどの同条約未締結国に向けて働きかけており、骨子案でも「UPOV(植物新品種保護国際同盟)未加盟国の品種保護制度整備を推進する」としたが、当該国のみならず国際的な批判が強いことに鑑みて撤回することを求める。
15.全世代を対象とした食農教育 (食育)を社会インフラとして提供し、家族農林漁業について学ぶ機会を確保すること。食農教育の一環として、すでに一部で始まっている学校や病院などの給食無償化を全国に広げるとともに、地元調達率(30%以上)や有機農産物調達率を義務化する。そのことを通じて、医福食農連携を従来以上に強化する。義務教育でSDGsや環境教育の一環として農林漁業について学ぶ機会を保障することも重要である。さらに、食農教育と「農業次世代人材投資事業」を連動させ、農業参入に結びつくように、施策と予算を拡充する。
16.農業政策の基礎となる農業統計の整備に向けた見直しと拡充を行うこと。実態に即した政策を実施するためには統計制度の充実が不可欠である。ところが、たとえば現行の農業統計は農業の「経営体」に焦点を当てていて、農村に居住する「多様な担い手」の実態を十分に把握できない。そのため、こうした「多様な担い手」が政策の対象から抜け落ちている。「担い手」を確保し、農業の総崩れ状況に歯止めをかけるためには農林漁業予算の十分な確保が必要であるが、その前提として統計に基づく「事実」の把握が不可避の作業となる。
17.政府開発援助(ODA)を輸入安定化と結びつける「戦術」に堕することなく、ODA本来の役割を遂行すること。骨子案では、「対等なパートナーとして協働するという視点に転換する」ことを謳いながら、その狙いは「我が国農林水産・食品関連企業の海外展開や、国内生産では国内需要を満たすことができない穀物等の安定的な輸入の確保」にあることを露呈している。この方針は従来の開発協力以上に、日本向けの農産物調達を強化しようとするものである。しっかりと相手国の農民と向き合い、一方的な開発(過剰な経済的利益による誘導も含む)を行うことなく、真に開発のパートナーと位置づけて合議・納得・理解に基づく事業を展開することを求める。
18.政策決定に食農システムを構成する中小規模家族農業と消費者が参画できる仕組みを作ること。食料・農業・農村政策審議会での議論の場にも、同様な仕組みを設ける。マルチステークホルダーから意見を集め、国民的議論を喚起する上で、パブリックコメントは有益な制度であるが、現状ではその意義を十分に果たせていない。今回の骨子案に対するパブリックコメントも、その公表から締め切りまであまりにも短い期間しか設定されていない。3月に閣議決定しなければいけない論理的必然性は何もない。むしろ、十分な議論の時間と質を保障することの方が遙かに重要である。
19.この間の基本法改正や基本計画の議論を通じて、農業就業者や農地、国内市場など「減る」「減る」が非常に強調され、それを前提とした議論が展開されてきた感が強い。「減る」ことに歯止めをかけ、逆転に結びつけることが政策の役割ではないだろうか。現状推移のBAUモデルに基づく骨子案では明るい展望を描きにくい。